Content uploaded by Shoko Shimoyama
Author content
All content in this area was uploaded by Shoko Shimoyama on Jan 18, 2025
Content may be subject to copyright.
心理学研究 2025 年https://doi.org/10.4992/jjpsy.96.23035 原著論文
Original Article
自閉スペクトラム者が示す広範な社会違和と
その部分集合としての性別違和の発達的検討 1, 2, 3, 4
霜山 祥子(東京大学)
,遠藤 利彦(東京大学)
The development of pervasive social dysphoria in autistic people with gender dysphoria in Japan
Shoko Shimoyama (University of Tokyo), and Toshihiko Endo (University of Tokyo)
While the link between autism and gender dysphoria (GD) has received increasing attention, the phenomenon
of GD co-occurring with autism remains unclear owing to the lack of autistic transgender perspectives. A recent
qualitative analysis found that their GD (i.e., dysphoria related to gender norms) may be a subset of pervasive so-
cial dysphoria (PSD: dysphoria related to pervasive social norms), suggesting a link between autism and PSD. To
further investigate this hypothesis, we described all their dysphoria about social norms, including GD, at each de-
velopmental stage, by examining the life stories of 14 autistic participants who experienced GD as a subset of
PSD. We also found that GD may become more prominent than dysphoria over other social norms because of the
strong influence of gender norms, which have two characteristics: (a) gender norms are more recognizable from
early childhood, and (b) after puberty, gender norms increase their influence on and merge with other norms.
Thus, future studies should investigate whether there is a link between autism and GD, or instead, PSD.
Key words: autism spectrum, gender dysphoria, pervasive social dysphoria, social norms, neurodiversity.
The Japanese Journal of Psychology
J-STAGE Advanced published date: January 15, 2025
近年,自閉スペクトラム(Autism Spectrum: 以下,
AS とする)と性別違和(Gender Dysphoria: 以下,GD
とする)の共起に対する関心が高まっている。1990
年代に,AS 者の GD に関する事例報告が国際的に提
出され,AS とGD の発達機序上の関連性が問われる
ようになった(例えば,Williams et al., 1996)。そして,
2010 年に初の体系的調査で高い共起率が報告されて
以降(de Vries et al., 2010),GD を示す群の AS を調査
する研究と,AS 群の GD を調査する研究が増加し,AS
とGD の関連性を肯定する結果が相次いで報告され
た。GD を示す群の AS を調査する研究を対象とした
最新のメタ分析では,「AS とGD に関連性がない可能
性は棄却できる」という見解が出されている(Kallit-
sounaki & Williams, 2023)。一方で,複数の研究者が共
起率調査の手法上の課題を指摘し,「AS とGD に関連
性があるとは言い切れない」と疑義を呈してきた(例
えば,Turban & van Schalkwyk, 2018)。2010 年代に指
摘された共起率調査の手法上の課題は 3つある。(a)対
照群を欠く研究が多いこと,(b)AS 査定方法が不十分
で,GD とAS に類似した現象に関連性がある可能性
を否定できないこと,(c)GD の査定方法が不十分で,
AS と共起する GD 現象の「中身」が不明確であること
の3点である。近年では,(a)と( b)を改善した共起
率調査も実施されている(例えば,Warrier et al.,
2020)。しかし,当事者視点の不足により,(c)は未だ
に課題となっている。以下,本研究の AS,GD 定義を
示した上で,課題(c)について論じる。なお,本研究
で使用する略語一覧は J-STAGE の電子付録 S1 を参
照されたい。
用語の定義
自閉スペクトラム 1940 年代に「自閉症」が医学者
に見出されて以降,AS は障害の個人モデルに基づき
概念化されてきた(Kanner, 1943)。障害の個人モデル
とは,個人内の心身機能不全によって規範的な振る舞
いができないことを障害とする考え方である(World
Health Organization, 1980)。一般的な AS 理解は個人
モデルに基づくものであり,国際的診断基準では,社
会的コミュニケーション・相互作用における持続的な
欠陥と,行動,興味,活動の限局的・反復的なパター
ンを示す,発達早期から顕在化する障害と定義される
(Autism Spectrum Disorder: ASD; American Psychi-
atric Association: APA, 2013)。しかし近年の AS 領域
では,当事者主導で,AS 特性はニューロダイバーシ
Correspondence concerning this article should be sent to: Shoko
Shimoyama, Research Center for Advanced Science and Technology,
University of Tokyo, Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8904, Japan.
(E-mail: shimoyama-shoko@g.ecc.u-tokyo.ac.jp)
ティの表現型の一つであり,いかなる心身特性も受容
される必要があるという理解が広まりつつある(例え
ば,Walker & Raymaker, 2021)。そして,AS 者の社会
的困難さとは,個人的要因(AS 者の心身特性)と AS
特性を持たない多数派に合わせた社会構造といった社
会的要因の「間」に生じるという社会モデル的視点が
強調されつつある(レビューは Pellicano & den Hout-
ing, 2022)。従って本研究でも,ニューロダイバーシ
ティ・社会モデル的視点を採用する。
性別違和 人のジェンダーアイデンティティは多様
であり,出生時に性器の形状に基づき指定された性(以
下,出生割当性とする)と同一とは限らず,二元的性
(男性・女性)であるとも限らない。そして,ジェンダー
アイデンティティと出生割当性が一致しない人々はト
ランスジェンダー(transgender: 以下,TG とする),
一致する人々はシスジェンダーと呼ばれる。また,GD
はジェンダーアイデンティティと出生割当性の不一致
に伴い生じうる苦悩を指す(Coleman et al., 2022)。GD
という用語は診断カテゴリーとしても用いられている
(APA, 2013)。
一方,近年では,このようなジェンダーアイデンティ
ティを中核に据える定義を見直す動きがある。TG 者
には,例えば,女性というジェンダーアイデンティティ
を持ち女性に移行する者だけではなく,生き延びる手
段を模索した結果,女性に移行する者もいるというよ
うに,ジェンダーアイデンティティの関与を前提とし
ない TG 経験がある(例えば,五月・周司,2023)。
また,特に AS とGD の共起領域では,GD 発達に関
与する社会的要因に焦点化する GD 定義が必要であ
る。先行研究では AS とGD の関連性が仮定される中
で,その発達機序が探索されてきた。先行理論は遺伝
的要因といった個人的要因に焦点化するものが中心で
(例えば,胎児期のテストステロン曝露により,AS
と出生割当女性の GD が多面的に発現;Hendriks et
al., 2022),社会的要因(例えば,ジェンダー規範の AS
特性に対する非受容性;Shimoyama & Endo, 2024)は
十分検討されてこなかった(レビューは,霜山,2022;
Wattel et al., 2024)。しかし,ジェンダー発達に関する
先行研究が示唆してきたように,GD を含む,人の多様
なジェンダー経験は,遺伝的基盤や生物学的発生機序
といった個人的要因のみならず,心理社会的な環境要
因が複雑に絡み合って発達するため(遠藤,2012),共
起研究でも統合的視点を採用する必要がある。
以上のことを踏まえ,本研究ではジェンダーアイデ
ンティティを前提とせず,ジェンダー規範(社会的要
因)の関与により焦点化して TG,GD を定義する。社
会には個人的事情とは関係なく,「(a)あなたは出生割
当性(男・女)として,(b)出生割当性らしく生きな
さい」と求めるジェンダー規範がある(森山,2017)。
TG の人々は,主に(a)に,また(b)に苦悩する人々
であり,出生割当性とは異なるジェンダーアイデン
ティティを獲得することで,あるいは,生きていく中
で結果として出生割当性から離れることで,ジェン
ダー規範の要求「(a)あなたは出生割当性(男・女)と
して生きなさい」を棄却する(周司・高井,2023, p.37)。
そして TG 者が,ジェンダー規範と個人的事情の「間」
に抱えうる苦悩をGD と定義する(Shimoyama &
Endo, 2024)。
当事者視点の不足という共起研究の課題
上述したように,AS,GD 領域では,当事者主導で
現象理解が日々更新されている。一方,AS とGD の共
起領域では当事者視点が十分に理解されていない。背
景には,先行研究で第三者(養育者・研究者)の視点
が優先されてきたことが関係している。例えば,これ
まで実施されてきた共起率調査では,AS 群の GD を
調査する複数の研究が Child Behavior Checklist(以
下,CBCL とする;Achenbach & Rescorla, 2001)の
「子どもが出生割当性とは異なるもう一つの性への嗜
好性を示す」という項目に,AS 児の養育者が,対照群
よりも高い確率で「時々」,「しばしば」と選択したこ
とを論拠に AS とGD の関連性を主張してきた(例え
ば,Strang et al., 2014)。しかし,GD 査定に特化してい
ない単一項目で,また,養育者の回答に基づいて当事
者の GD を査定することの妥当性が問われてきた(例
えば,Turban & van Schalkwyk, 2018)。また,TG 群
のAS 特性を調査する研究でも,当事者視点に基づく
TG 群内の多様性が考慮されておらず(例えば,Dar-
win, 2020),研究者により「シスジェンダーではない」
という理由で一括りにされてきた人々のどのような経
験と AS が共起しているのかが不明確である(Kallit-
sounaki & Williams, 2023)。さらに,当事者視点を明ら
かにする質的研究も少なく,当事者視点に基づくと
AS とどのような(GD)現象が共起しているのかにつ
いては不明確さがある。
このような先行研究の限界に対し,Shimoyama &
Endo(2024)は,GD を示す AS 者にインタビュー調査
を実施している。そして協力者が,発達を通じて,ジェ
ンダー規範に関する違和感(GD)だけではなく,広範
な社会規範(コミュニティで共有される,許容される
振る舞いに関するルール;Gelfand, 2018 田沢訳
2022)に関する違和感を蓄積していたことを見出して
いる。そして,この違和感を「広範な社会違和(Perva-
sive Social Dysphoria: 以下,PSD とする)」と名付けた
上で,GD はPSD の部分集合であり,AS と「GD を部
分集合とするPSD」に関連性があるのではないかと
いう新たな仮説を提唱している。
本研究の目的
以上の背景から,今後の共起研究の課題の一つは
「AS とGD を部分集合とするPSDに関連性がある」
という仮説の妥当性を検証することだが,調査設計上,
PSD についてさらに検討する必要がある。Shi-
moyama & Endo(2024)は PSD 概念を提示している
が,各発達段階で生じる違和感の詳細な記述はなく,
GD を示す AS 者の違和感が GD に限定されないこと
を,より精緻に実証する必要がある(Research Ques-
tion 1:以下,RQ1とする)。また,Shimoyama & Endo
(2024)は AS とGD の関連性が主張されてきた一因と
して,ジェンダー規範の社会的影響力の強さにより,
PSD の中で GD が顕在化しやすい可能性を仮定して
いる。そこで本研究では,各発達段階の検討を通じて,
社会的影響力の強さに繋がりうるジェンダー規範の特
有性を探索し,この仮説に関する検討を深める(RQ2)。
RQ を検討する上で,Shimoyama & Endo(2024)で
聴取された PSD の部分集合として GD を経験する
AS 者14 名のライフストーリーと,本研究で新たにそ
の養育者 3名から聴取した,当事者のライフストー
リーを分析対象とする。なお,当事者のライフストー
リーに焦点を当てる理由は,本研究の協力者が GD を
自覚する AS 者であり,GD という枠組みに影響され
て経験を語ることが想定されるため,GD という枠組
みが語りに適用されない GD 自覚前の時期の経験にも
目を向け,あらゆる違和感をボトムアップに掬い上げ
るためである。また,当事者に規範を課す担い手であ
り,社会で当事者がどのような規範を課されてきたか
見守ってきた養育者は,PSD に関する重要な情報提供
者であると考えられたため,協力を依頼した。
方法
調査概要
共起領域に不足する当事者視点の理解を目指すため
に, 本研究では Shimoyama & Endo(2024)と同じく,
解釈的現象学的分析(Interpretative phenomenologi-
cal analysis: 以下,IPA とする;Smith et al., 2022)を基
礎的方法論として採用する質的調査を実施した。従っ
て,後述するデータ収集方法や,RQ に合わせてオープ
ン・コーディング(箕浦,2009)を参照した分析方法
においても,現象を理解する基本姿勢には IPA が影響
している。具体的には(a)当事者視点に基づいて経験
を詳細に理解する,(b)先行理解の括弧入れと結びつ
く内省を実践する,(c)個別性に徹底的に着目する,と
いう IPA の視点に留意して調査を実施した。
本研究は事前に東京大学ライフサイエンス研究倫理
支援室・倫理委員会の承認を得て実施した(承認番
号:22-232)。全協力者にインタビュー前に,研究概要
や倫理的配慮について説明し,対面インタビューの場
合は文書で,オンラインインタビューの場合は動画で
同意を得た。
協力者
当事者 14 名は,ゲートキーパーからの紹介と,第一
著者の縁故機会を活かす方法を取り,東日本と西日本
の都市圏に位置する発達障碍専門医療機関,ジェン
ダー医療機関,当事者グループでリクルートされた。
養育者のリクルートは,AS 成人に対する調査では当
事者の意向を重視する必要があるという指摘を鑑み
(例えば,Nicolaidis et al., 2019),当事者が承諾した 3
名の協力を得た。
当事者 14 名は,(a)ASD 診断を持ち,自身も診断に
納得している,(b)本研究が定義する GD を経験して
いる,(c)PSD の部分集合として GD を経験している,
(d)インタビュー調査に参加し得る言語能力を持つ,
という包含基準を満たす者だった。年齢は 20 歳から
49 歳(M=32.1,SD=10.2),出生割当性は男性が11
名,女性が 3名であった。遠方で参加できなかった 1
名以外の 13 名の AS 特性は,研究資格取得者による
Autism Diagnostic Observation Schedule-2(以 下,
ADOS-2 とする)実施を通して確認した(Lord et al.,
2012)。13 名中,11 名が自閉症,1名が自閉症スペクト
ラム,1名が非自閉症スペクトラムという結果だった。
ADOS-2 は診断の補助ツールであるため,非自閉症ス
ペクトラムの 1名も診断を根拠に含めた。GD につい
て,医学的診断を持つ者は 6名だった。養育者の年齢
は51 歳から 56 歳(M=54.0,SD=2.6),全員が出生割当
女性だった。当事者の情報を Table 1 に示す。
データ収集方法
当事者 Shimoyama & Endo(2024)で聴取され,本
研究の再分析の対象としたデータは,1人あたり,1
回1時間30 分から 2時間程度の半構造化インタ
ビューを 2―3回,2021 年4月から 2022 年3月にかけ
て実施したものである(総インタビュー時間 203―396
分,平均 268 分)。インタビュー内容は,
(a)GD 経験,
(b)AS 者として社会で生きる経験,(c)AS 者として
GD を抱える経験,(d)必要だと思う支援,という 4
つのテーマに関するものであった(電子付録 S2)。ま
た,上記インタビューの分析結果に関して,2023 年1
月に,1時間 30 分程度のメンバーチェックインタ
ビューを,遠方で不参加の 1名以外の 13 名に実施した
際に得られたデータも対象とした(総インタビュー時
間79―145 分,平均 112 分)。
養育者 1人あたり,1時間 30 分程度の半構造化イ
ンタビューを 2回,2021 年6月から 2022 年2月にか
けて実施した(総インタビュー時間 147―214 分,平均
185 分)。インタビュー内容は,当事者と同様の(a)―
(d)というテーマについて,養育者として,どのよう
に子どもを見守ってきたか尋ねるものだった(電子付
録S3)。
Table
1
協力者の属性
平均
(標準偏差) 幅
年齢 32.1(10.2) 20―49
n%
出生割当性
男性 11 78.5
女性 3 21.4
学歴
高校卒 2 14.3
専門学校・短期大学卒 3 21.4
大学在学中 3 21.4
学士号 3 21.4
修士号 3 21.4
就労状況
就労 8 57.1
非就労 6 42.9
ADOS-2(n=13a)結果
自閉症 11 84.6
自閉症スペクトラム 1 8.1
非自閉症スペクトラム 1 8.1
ジェンダー医療受診状況
DS M-5 に基づく性 別違和診断あり 6 42.9
調査時受診中 7 50.0
調査時受診なし b7 50.0
注)ADOS-2=Autism Diagnostic Observation Schedule 2
(Lordetal.,2012).
a遠方で参加できなかった 1 名を除く 13 名に実施,b 過去に受
診経験がある 3 名を含む。
分析方法
協力者が各発達段階で社会規範との間に経験してき
た違和感を詳細に記述するためには,データに表れて
いる違和感を概念化する作業に取り組む必要があり,
オープン・コーディング(箕浦,2009)を参照した分
析を実施した。第一に,インタビューを逐語化したも
のを繰り返し読み込んだ。第二に,各協力者の規範に
関する違和感を整理する分析を実施した。まず,逐語
から社会規範との間で生じる違和感に関する語りを抜
き出した。具体的には「こういう規範に合わせるよう
求められてきた,求められているようだったが,違和
感を持ってきた」という当事者の語りと,「自分・他者
は,子どもにこういう規範に合わせるよう求めてきた
が,子どもは違和感を持っているようであった」とい
う養育者の語りを抜き出した。違和感の選定基準は,
Shimoyama & Endo(2024)を参考に,抵抗感,不可解
さ,負担感とした。次に,抜き出した語りの内容を要
約し,コードに置き換える作業を行なった。最後に,
生成されたコードを類似性に基づいてカテゴリー化
し,各協力者の違和感を発達段階毎にまとめた一覧表
を作成した。第三に,通事例的分析を実施した。各協
力者の一覧表を見比べながら,全協力者のカテゴリー
を類似性に基づきまとめ,上位カテゴリーを生成した。
上位カテゴリーを用いて,発達段階毎に,協力者間で
共有されていた社会規範に関する違和感をまとめた
(Table 2)。分 析 は MAXQDA2022 上で実施した
(VERBI Software, 2021)。
情報量の評価 情報力概念を参照し(Malterud et
al., 2016),GD を示す AS 者という特異性の高い対象者
に,十分な時間を確保したインタビューを実施したこ
とから,必要な情報量を得られたと判断した。一方で
情報量の妥当性を確信することは難しいため(能智,
2011),情報量の限界に留意しながら研究を進めた。
自己省察性に関する声明 調査・分析を実施した第
一著者は臨床心理士・公認心理師として成人期の発達
障碍医療機関に勤務し,GD を示す者を含む AS 者支
援に携わってきた経験を持つ。この経験は AS と共起
する GD やPSD 理解を深める上で有用であったが,研
究上,自己省察性を保つ必要があった。そこで,自己
省察性記録や,質的研究に関する豊富な指導経験を持
つ第二著者からの定期的なスーパービジョン,国内外
での学会発表等を通じて,視点の偏りの修正に努めた。
また,本文中に語りを提示し,読者が分析の妥当性を
判断できるようにした。
結果と考察
以下,各発達段階において,協力者が抱えてきた社
会規範に関する違和感を報告する。
幼児期(協力者が想起可能な時期から就学前)
他の発達段階と比較して,幼児期に違和感を経験し
ていた者は少なかった(n=7)。その一因として,他者
との相互作用を実感しにくかったと報告する者がいた
ことから,コミュニティ内の規範が認識されにくかっ
た可能性も考えられた(「自他境界あったのかな?わか
んないや,って感じ。(A)」)。
幼児期の違和感は,生活習慣規範(n=1),関係性・
仲間規範(n=2),ジェンダー規範(n=5)に関するもの
だった。生活習慣規範について,幼児期の発達課題の
一つとして,健康で,文化的に適切とされる生活を送
るために必要な基本的生活習慣(食事,睡眠,排泄,
着脱衣,清潔)の習得が期待されるが(例えば,松田,
2014),特性との兼ね合いでこの期待に違和感を抱いて
きた者がいた。具体的には,AS 者は摂食に困難さを呈
する場合があり(例えば,Sharp et al., 2013),「見たこ
とのない食べ物に対してどう食べたらいいかがわから
なくて。(E)」という困惑から給食に負担感を持つ者が
いた(語りは Table 2,No. 1 参照)。
次に,同年齢集団で良好な関係性を築くことを期待
Table
2
発達段階毎の違和感一覧
発達段階 規範 No 違和感に関する語り例
幼児期
(n=7)
生活習慣
(n=1)
1給食とか毎回食べれないで午後の時間残されているみたいな,ほぼ毎日です。(E)
関係性・仲間
(n=2)
2友達のものを取ったり,そういうのはしょっちゅうでした(中略)もう見えてない感じですね,多分。
他の人が見えていない,自分の中で,多分。(M 養育者)
ジェンダー
(n=5)
3 服装もなんとなく男の子だと青系というのも嫌だったしね。男の子らしくみたいな表 現は すごく嫌で。
(G)
児童期
(n=13)
教育
(n=7)
4 ( 先 生 が ) 権 威 を持 って 話 すって い う手 法 は , 少 なくとも自 分 には 全 然 馴 染 まな か った 。 まぁ そう い
うところで,教 室の 中をウロ ウロしたり,全 然 従 わな か ったりして,「A DH D 的なんじ ゃない か」って
言われたり。まぁそれもあったと思うんですけど,座っているのが苦痛で。(A)
a
関係性
(n=9)
5 (Social SkillTraining で)自分の意見じゃなくて決められた,求められている,形式にそった言葉
を言わされるの がストレスだったのかもしれない。今でこそ身を守るために普通にできるようになって
いますけど。(中略)形式を守らないと相手から勝手に敵 意を向けられたりするリスクが高いじゃない
ですか。(J,仲間)
6 やっぱりこう横並び で同じようにしなきゃいけないっていう中で,やっぱりこう普通を求 められるの
で,多 分,関わるのが辛 かったのかなって思います。(D 養育者,仲間)
ジェンダー
(n=11)
7(他者に対する) わけわからなさの一つに,与えられた,割り当てられたジェンダーに対する confor-
mity(適 合)も含まれていて。なんでこの人たちはそんな男らしさ,女らしさみたいなもの に con for m
しようとするんだろう。(A)
第二次性
徴期
ジェンダー 規 範 が 影
響力を強める
8大人になる程,なんかはっきり分か れちゃって,そこ に抵 抗 が ありますね 。子どもの頃 は男子と女 子っ
て言ってもそんなに分かれていないというか。(I)
ジェンダー 規 範と教
育規範の一体化
9 特に中学校とか男女別になるんですけれども,男子 の激しいスポーツの授業はすごく嫌で今でも苦痛
として 思い 出 しま す ね 。(G)
ジェンダー 規 範と関
係性規範の一体化
10 (女子と一緒だと)やっぱりからかってくる人もいて,「女好きだ」みたいなね。(中略)自分が男性の
体であることによってコミュニティに入れない状態になっていると。(B,仲間・パートナー)
ジェンダー 規 範 が 空
間の使用方法を制限
11 (プール前の着替えで)周り,男性でその中で着替えさせられるのがすごい嫌で。長いバスタオルを
体に巻いて,皆に見られないように着替えをしていた記憶があったんですけれども。(C)
青年期
(n=14)
教育
(n=6)
12 自分にとって負担だよなと思う部分は,大学生以降になってから結構増しましたね。(中略)自主性
が求められるので,そういったところで全然ダメだったりするので。(G)
関係性
(n=10)
13 人を好きになるってどういう感覚かわからないんですよね。それが友達と違うって言われると,体が
そういう反応を示したことがないので。あの,単純に恋愛感情が発生すると,普通,一般的には友
達と全然 違う体の反 応が起こるらしいんですよね。(J,パートナー)
14 (クラスメイトの)好きな人,態度を見ていたらわかる,全然わからない。どの男子を見ているかすら
わからない。特定の男子にだけ極端に行動を変えているわけではないんですよね。多分普 通の,定
型の人だったら,この人に 好 意を 抱いているんだ なっていうのが なんとなくわかるレベ ルくらいに は行
動 が違 うんでしょうけど, その 差 が 全くわか らない 。(H,パートナー)
ジェンダー
(n=14)
15 (大学のサークルで)性別役割みたいなのが急に押し付けられるようになって。「1 年の女子が応援で
おにぎり作ってきて」とか,(中略)ものすごく反発を覚えてしんどかったのは覚えています。(L)
成人期
(n=10)
b
就労
(n=10)
16 普通の会社だと,面接を突破しなければいけない上に,周囲にいっぱい人がいるオフィスで仕事しな
きゃい けな いし ,で,会 話 もタスクの割 り込 みも大 量 に 発 生して,そ れ にずっと 耐えな が ら 4 0 年近く
も勤め続 けるっていうのは,多分そんな難しいことするくらいだったら,あの… 芸術家として成功する
方が確率マシなんじゃないかと思いますね。普通はそういう道の方が狭き門なはずなんですけど。自
分にとっては一般的なサラリーマン像の方が遥かに難しいことなんです。(J)
17 女は 結 婚して ,家 庭 に入 って,子 供 を産 ん で,母 親 に なってという 生き 方が ,あ んまりというか 全く共
感できなくて。そんな生活は望んでいなかったんですよ。(H)
関係性
(n=10)
18 母親に向いていないから耐えられないんだと。(子が)泣いても母親だったら面倒を見なきゃいけな
いし, なんで ここまで 大 変に 思うの か。 今 思 えば 耳 栓とか す れば よか ったんで す けど, 聴 覚 過 敏も
あったので,泣き声を 3 分聞いていたら気が狂うレベル。(L,家族)
ジェンダー
(n=10)
19 男性としてうまく生きるのであれば,やっぱり男性の中で社交 性で すよね,口が上手でうまくやりつつ,
競争では 負けないとか,あとまぁ,こう,結 構男性同士 ,男性 的な振る舞いをしてお互いに威 嚇し合
うところがあるんですけれども,そういうこともやりつつ,仕事でも稼いで,家庭も持つ。そういっ
た部分で発 達障害というハンディを持つとですね,とても負担がかかると思います。(G)
その他 社 会 的アイデン ティ
ティ(n=5)
2 0 性別 に 限らず,何か にカ テゴ ライズされる ってことが ,好きで もない し,実 感 も湧 か ないで す し,何 か
への属性に感覚が薄いんですね。(中略)一括りにされるのに非常に違和感がありまして。(L)
規範全般
(n=10)
21 (規範について)理解できていない部分が多すぎて,どこから考え始めればいいのかわからなくて考
えないで きたっていうことが大きい の かなと 思います。(D)
a注意欠如多動症(attentiondeficithyperactivitydisorder:ADHD)と近接する違和感と考えられるが,ADHD 様の行動パターンを
示す AS 者も存在することから含めた。bインタビュー時,高等教育機関を卒業し,成人期に移行していた 10 名とその養育者の語り
を対象に分析した。
し,その上で必要な振る舞い(例えば,相手のものを
勝手に取らない)を定める関係性・仲間規範への不可
解さが経験されていた(「よくわかんないけど突然口論
になったり,そういうのがよくあったので。(J)」:Ta-
ble 2,No.2)。
ジェンダー規範に関して,5名の協力者が出生割当
性として生き,服装,玩具,色,遊び,習い事,態度
に関して出生割当性らしく振る舞うよう求められるこ
とに違和感を持っていた(「幼少期から揺らいでいな
くって,私は女性であるとはっきりと自己認識してい
るので。(C,出生割当男性)」:Table 2,No.3)。また,
性徴に関する違和感を自覚していた者もいた 5。
児童期(初等教育期間から第二次性徴開始時期)
児童期は,就学を機に,規範獲得がより強く期待さ
れる時期であり(例えば,戸田,2016;「小学校くらい
で自分以外に共有されている普通っていう謎の概念が
あって,それと外れた行動をすると攻撃されるってい
うことは学んでいたんですよね。(J)」),幼児期よりも
違和感を経験する者が増えていた(n=13)。 協力者は,
教育規範(n=7),関係性規範(n=9),ジェンダー規範
(n=11)に関する違和感を経験していた。
まず,教育規範は協力者に就学を期待し,就学状況
での適切な振る舞いを定める規範である。具体的には,
学校は休まない,授業は着席して聞く,一律に学ぶ,
といった期待が協力者に課されていた(Table 2,
No.4)。しかし,例えば,手作業を要する課題の達成を
一律に求められることは,AS に随伴する運動制御ス
キルの困難さ(例えば,Kaur et al., 2018)を持つ協力
者の負担となっていた(「どうしても家庭科みたいな作
業が入る授業は全然ついていけなかったみたいです
ね。(I養育者)」)。また,幼児期と同様に,関係性・仲
間規範に違和感を持っていた者もいた(Table 2,No.5,
6)。
児童期のジェンダー規範は,協力者に出生割当性と
して生きること,また,一人称・言葉遣い・態度・持
ち物・外見・遊びや家事等の領域において出生割当性
らしく振る舞うよう求めるものであり,関連する違和
感が報告された(Table 2,No.7)。また,児童期終盤の
第二次性徴発現に伴い,性徴に関する違和感も経験さ
れていた(「外性器が発達することがすごく嫌なんです
よね。自分の身体が男らしくなっていくことがすごく
嫌で。(G)」)。
第二次性徴期に影響力を強めるジェンダー規範 さ
らに,コミュニティ内で第二次性徴が意識され始める
のと同時に,ジェンダー規範が社会的影響力を強める
ことが示唆された(Table 2,No.8)。第一に,ジェンダー
規範は他の規範に対する影響力を強め,他の規範は,
ジェンダー規範という意味合いを持つようになってい
た。具体的には,教育規範とジェンダー規範が一体化
し,体育が男女別となるなど,出生割当性によって異
なる教育規範が課されていた(Table 2,No.9)。また,
関係性規範とジェンダー規範が一体化し,友人関係は
「同性」間,「異性」間ではパートナー関係と,ジェン
ダーが関係性のあり方を制限するようになっていた
(Table 2,No.10)。第二に,ジェンダー規範は,身体を
目にする空間の使用方法をより強く制限するように
なっていた。例えば,学校の更衣室は出生割当性で分
けられるが,協力者は,ジェンダーアイデンティティ
とは異なる空間で過ごさなければいけない抵抗感や
(Table 2,No.11),感覚過敏性により非個別的空間に対
する負担感を経験していた(「男子対女子だと見られる
のは嫌っていう認識は皆持っていますよね。じゃあ逆
に男子同士,女子同士だったらなんで平気なの?って
いう。(J)」)。
青年期(第二次性徴後から高等教育期間)
子どもから大人への移行期である青年期は,進路・
職業選択や,パートナー関係の形成,結婚,子育てと
いった成人期の発達課題に向け準備する期間とされて
おり(平石,2002),関連する違和感として,教育規範
(n=6),関係性規範(n=10),ジェンダー規範に関する
違和感(n=14)が経験されていた。
まず,教育規範に関して,児童期と同様の違和感に
加え,成人期の自立という発達課題がより強く意識さ
れる大学等では,単位の自己管理など,自主性が期待
されることに負担感を経験する者がいた(Table 2,
No.12)。
次に関係性規範について,仲間規範に加えて,パー
トナー規範に関する違和感が顕在化していた。パート
ナー規範は,協力者に(a)性愛感情を伴う恋愛感情を
実感し,(b)異性と 1対1の親密な関係を築くこと,
(c)また,親密な関係を築くために特定の振る舞いをす
るよう期待するものであった。しかし一部の協力者は,
パートナー規範に不可解さや(Table 2,No.13,14),
関係性の持ち方(例えば,性的指向)を社会的に規定
されることへの抵抗感,負担感を持っていた(「アセク
シュアルなのかなと思うんですよね。その性的な関心
度としては。(K)
」)。ここで,パートナー規範は,「異
性」とパートナー関係を築くことを期待するという意
味で,ジェンダー規範という意味合いも持っていた
(「異性にもその興味ない,その時期って辛かったのが,
どうしても好きな(女性)アイドルを聞かれるんです
ね。(E,出生割当男性)」)。
ジェンダー規範は関係性だけではなく,協力者に出
生割当性として生きること,また,身体・制服・髪型・
言葉遣い・態度・サークル活動等の領域で出生割当性
らしい振る舞いをするよう求めており,関連する違和
感が報告された(Table 2,No.15)。
成人期(高等教育機関卒業後からインタビュー時)
インタビュー時に成人期に移行していた 10 名は,就
労することを期待し,就労者として適切な振る舞いを
するよう期待する就労規範(n=10),関係性規範(n=
10),ジェンダー規範(n=10)に関する違和感を経験し
ていた。成人期の関係性規範には,仲間規範,パート
ナー規範に加え,家族形成を期待する家族規範が追加
されており,関連する違和感が示唆された(「結婚して
家庭を持たなければいけないっていう重苦しい社会の
重圧みたいなのを感じていたので,それは本当に辛
かったですね。(J)」)。
また,就労規範・家族規範と,ジェンダー規範は分
け難いものだった。性別役割分業があるように,協力
者は「出生割当性」として就労すること(家庭に入る
こと)を期待されてきたと経験しており,就労規範は
ジェンダー規範という意味合いも持っていた(Table
2,No.16,17)。家族規範もジェンダー規範と一体化し
ており,家族形成への期待は,出生割当性に基づき,
協力者に「母親役割・父親役割」を担うよう期待して
いた(Table 2,No.17,18)。
ジェンダー規範は他にも,協力者に出生割当性とし
て生きること,また,身体・スーツ・持ち物・言葉遣
い・態度等の領域で出生割当性らしい振る舞いをする
よう期待しており,関連する違和感が報告された(Ta-
ble 2,No.19)。
他の違和感が存在する可能性
以上,各発達段階の違和感を報告したが,協力者は
他にも違和感を経験している可能性があった。まず,
特定の発達段階に属さない違和感が報告された(例え
ば,属性意識を持つよう期待する社会的アイデンティ
ティ規範への違和感;Table 2,No.20)。また,規範全
般に違和感を持ってきたと報告する者もいた(Table
2,No.21)。
さらに協力者は,違和感に「正体不明さ」があり,
言語化することが難しい場合があると指摘した(n=12;
「性別に関わらないことでも山ほど,言語化できない
気持ち悪さっていうのは,なんか,幼少期からずっと
蓄積してきたと思います。(J)」)。違和感の正体不明さ
は,個人的要因と社会的要因により生じるようだった。
まず,AS に随伴するアレキシサイミア(個人的要因)
により(例えば,Oakley et al., 2022),協力者が違和感
を自覚しにくい可能性があった。また,類似した視点
を持つ他者・言説に出会いにくいことで(社会的要
因),他者の言葉を手がかりに違和感を理解しにくい可
能性があった(「(コミュニティと出会って)experience
したものが意味があるんだと,ようやっとわかったと
いうか。(D)」;Fricker, 2007)。さらに,規範の多くが
暗黙の規範であるために(社会的要因),協力者が違和
感の対象となる規範を掴みにくい可能性があった(「当
然すぎて皆(普通の)定義を教えてくれない,定義す
ら考えたことがないよって感じなんですけど。(H)」)。
従って,本研究で報告した違和感は協力者の経験の一
部にすぎない可能性に留意する必要がある。
総合考察
広範な社会違和とその部分集合としての性別違和
RQ 1 に関して,各発達段階の検討により,協力者は
ジェンダー規範に関する違和感(GD)だけではなく,
生活習慣規範,関係性(仲間・パートナー・家族)規
範,教育規範,就労規範といった広範な社会規範に関
する違和感(PSD; Shimoyama & Endo, 2024)を経験し
ていることが精緻に実証された。
規範は社会に張り巡らされており,人は発達初期か
ら規範を学び,受け容れ,構築し,変容させる継続的
なプロセスに従事している。規範は人々の協力や,集
団生活を安定させ,維持する基盤となる(Schmidt &
Rakoczy, 2023)。一方で,多数派の心身特性を前提とす
る規範が,少数派の人々の障壁となり,社会参加を困
難にしていることも指摘されてきた(例えば,綾屋,
2018)。熊谷(2018)は,発達障害を持つ人々は,日々
否応なしに,当事者には困難さとして経験される「違
背実験(対人的相互作用の中であえて望ましくない言
動をすることで暗黙のルールを明らかにする試み)」を
生きていると指摘している(p.289)。本研究で示唆され
た様々な違和感も,協力者が発達を通じて,違背実験
のような困難経験を蓄積せざるを得なかったことを示
唆していると言えるだろう。
社会的影響力の強さに繋がるジェンダー規範の特有性
RQ2 について,ジェンダー規範の 2つの特有性によ
り,ジェンダー規範が,発達を通じて強い社会的影響
力を持つ可能性が示唆された。
発達早期より認識されやすいジェンダー規範 幼児
期の違和感は児童期以降と比較すると少なかったが,
その中でも 5名が GD を経験していた。協力者が GD
を自覚する AS 者であるという理由以外にも,ジェン
ダー規範の,「幼児期より認識されやすい」という特有
性により,幼児期より GD が経験されていた可能性が
ある。
幼児期は,子どもがジェンダー知識を身につけ,他
者や自分をジェンダー化し始める時期である(例えば,
Halim & Ruble, 2010)。ジェンダー発達に関する研究
は,人はどのようにもカテゴリー化できるのに(例え
ば,利き手),なぜ,ジェンダーカテゴリーの心理的顕
在性が高くなるのかについて探索してきた。その中で
Bigler & Liben(2007)は,環境要因の関与を指摘して
いる。第一に,子どもが過ごす環境は,ジェンダーカ
テゴリーが知覚的に目立つように構造化されていると
いう。本研究でも,幼児期から,ジェンダー規範が,
服装・玩具・遊び・色など,知覚的識別性の高い物事
を規定していることが示唆された(Table 2,No.3)。第
二に,子どもが過ごす環境には,子どもにジェンダー
規範の社会的重要性を認識させる,(a)明確なメカニ
ズム(例えば,大人の言語的ジェンダーラベリング)と,
(b)暗黙のメカニズム(例えば,事実上のジェンダー
分化)が働いているという。協力者が過ごしてきた環
境でもこのようなメカニズムは働いていた(「『女 の
子っぽいものばっかりにハマっているね』って,そん
な感じに母とか祖母に言われた覚えがあります。(中
略)ピアノ教室も自分以外,全員女性だったと思いま
す。(J)」)。このような環境要因により,ジェンダー規
範は発達早期から 人に対して特に強い影響力を持つ
可能性がある。
第二次性徴期に始まるジェンダー規範と他の規範の
一体化 次に,特に第二次性徴期以降,教育規範,関
係性(仲間・パートナー・家族)規範,就労規範といっ
た他の規範はジェンダー規範の影響を受け,ジェン
ダー規範という意味合いを持つようになっていた。同
様の傾向は社会学研究でも指摘されている。例えば,
Cislaghi & Heise(2020)は「社会規範の多くが事実上
はジェンダー規範」であり,人は自分に期待されるこ
とに関する信条ではなく,自分の「性別」ゆえに期待
されることに関する信条を持つと指摘している
(p.415)。このように規範の多くがジェンダー規範とし
ても機能するということは,社会がジェンダー規範を
中核に構造化されていることを示唆しており,ジェン
ダー規範の強い社会的影響力が指摘される。
以上の結果から,今後の共起研究では,上述した 2
つの特有性によりジェンダー規範が発達を通じて強い
社会的影響力を持つために,PSD の中で GD が顕在化
しやすく,AS とGD に特異的関連性があるように見
える可能性も踏まえ,AS と「GD を部分集合とする
PSD」の関連性について精査する必要がある(Shi-
moyama & Endo, 2024)。
今後の課題
本研究は仮説生成研究であり,結果の妥当性を検証
することが不可欠である。AS とPSD の関連性を検証
する上では,本研究で十分検討できなかった経験の個
別性に踏み込む調査が必要である。例えば,「ある者は
PSD 内の特定の違和感が強い」といった個別性や,個
人的要因と社会的要因により,PSD 経験に個別性が生
じる可能性が想定される(例えば,環境の AS 受容度が
高い場合,PSD は経験されにくい)。
また,実践上の課題もある。協力者のように一定数
のAS 者が PSD を経験しているとすれば,当事者の
ニーズに合わせて,PSD 支援を行う必要がある。しか
し,従来の ASD 支援は AS 者の規範的ではない振る
舞いを問題として捉え,その原因となる個人内機能不
全の治療か,機能不全を補うスキルの習得を促す実践
が主流であり,PSD 支援としては限界がある。従って
今後,当事者視点に寄り添う AS 支援の構築に取り組
む必要がある。
このような課題はあるものの,Shimoyama & Endo
(2024)による「AS とGD を部分集合とするPSDに
関連性がある」という仮説について,発達的見地から
検討を深め,共起領域の発展に寄与しうる知見を提出
した本研究には一定の意義があると考えられる。
利益相反
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はな
い。
1本研究は,日本科学協会の笹川科学研究助成,JST 次世代研究
者挑戦的研究プログラム JPMJSP2108,及び,東京大学バリアフ
リー教育開発研究センター若手研究者育成プロジェクトの支援
を受け,実施された。
2本論文は第 1著者が令和 5年度に東京大学教育学研究科へ提
出した博士論文の一部を加筆・修正したものである。
3補足資料を J-STAGE の電子付録に記載した。
4ご協力者の皆様に,心より感謝申し上げます。また,ご協力者
の募集にあたりご協力下さった医療者,当事者グループの皆様に
も感謝申し上げます。
5性徴に関する違和感は,必ずしもジェンダー規範が直接的原因
となって生じる違和感ではないと考えられるが,「身体的特徴を
『性徴(性を理解する手がかり)』とする」認識が伴うことから,
ジェンダー規範と無関係な違和感ではないと本研究では捉えて
いる。
引用文献
Achenbach, T. M., & Rescorla, L. A. (2001). Manual for
ASEBA school-age forms & profiles. University of
Vermont, Research Center for Children, Youth, &
Families.
American Psychiatric Association. (2013) . Diagnostic
and statistical manual of mental disorders (5 th ed. ) .
American Psychiatric Association. https://doi.or
g/10.1176/appi.books.9780890425596
綾屋 紗月(編)(2018).ソーシャル・マジョリティ研
究――コミュニケーション学の共同創造―― 金
子書房
Bigler, R. S., & Liben, L. S. (2007). Developmental inter-
group theory: Explaining and reducing childrenʼs
social stereotyping and prejudice. Current Direc-
tions in Psychological Science, 16( 3 ) , 162-166. http
s://doi.org/10.1111/j.1467-8721.2007.00496.x
Cislaghi, B., & Heise, L. (2020). Gender norms and so-
cial norms: Differences, similarities and why they
matter in prevention science. Sociology of Health
& Illness,42(2), 407-422. https://doi.org/10.1111/14
67-9566.13008
Coleman, E., Radix, A. E., Bouman, W. P., Brown, G. R.,
de Vries, A. L. C. , Deutsch, M. B. , Ettner, R. ,
Fraser, L., Goodman, M., Green, J., Hancock, A. B.,
Johnson, T. W., Karasic, D. H., Knudson, G. A., Lei-
bowitz, S. F., Meyer-Bahlburg, H. F. L., Monstrey,
S. J., Motmans, J., Nahata, L.,...Arcelus, J. (2022).
Standards of care for the health of transgender
and gender diverse people version 8. International
Journal of Transgender Health, 23(Suppl. 1), S1-S259.
https://doi.org/10.1080/26895269.2022.2100644
Darwin, H. (2020 ) . Challenging the cisgender /trans-
gender binary: Nonbinary people and the trans-
gender label. Gender & Society,34(3), 357-380. http
s://doi.org/10.1177/0891243220912256
de Vries, A. L., Noens, I. L., Cohen-Kettenis, P. T., van
Berckelaer-Onnes, I. A. , & Doreleijers, T. A.
( 2010 ) . Autism spectrum disorders in gender
dysphoric children and adolescents. Journal of
Autism and Developmental Disorders,40(8 ), 930-936.
https://doi.org/10.1007/s10803-010-0935-9
遠藤 利彦(2012).「ヒト」と「人」――生物学的発達
論と社会文化的発達論の間―― 日本発達心理学
会・氏家 達夫・遠藤 利彦(編)社会・文化に生き
る人間(pp.25-46)発達科学ハンドブック 5新曜
社
Fricker, M. (2007). Epistemic injustice: Power and the eth-
ics of knowing. Oxford University Press.
Gelfand, M (2018). Rule makers, rule breakers. Scribner.
(ゲルファンド,M. 田沢 恭子(訳)(2022).ルーズ
な文化とタイトな文化――なぜ「彼ら」と「私た
ち」はこれほど違うのか―― 白楊社)
Halim, M. L., & Ruble, D. N. (2010). Gender identity and
stereotyping in early and middle childhood. In J.
Chrisler & D. McCreary (Eds.), Handbook of gender
research in psychology (pp.495-525). Springer.
Hendriks, O. , Wei, Y. , Warrier, V. , & Richards, G.
(2022 ) . Autistic traits, empathizing-systemizing,
and gender diversity. Archives of sexual behavior,
51(4), 2077-2089. https://doi.org/10.1007/s10508-0
21-02251-x
平石 賢二(2002).思春期――子どもからの脱皮と揺れ
動く心―― 小嶋 秀夫・やまだ ようこ(編)生涯
発達心理学(p.115-123)放送大学教育振興会
Kallitsounaki, A., & Williams, D. M. ( 2023 ) . Autism
spectrum disorder and gender dysphoria /incon-
gruence: A systematic literature review and
meta-analysis. Journal of Autism and Developmental
Disorders,53(8), 3103-3117. https://doi.org/10.100
7/s10803-022-05517-y
Kanner, L. (1943) . Autistic disturbances of affective
contact. Nervous Child, 2, 217-250.
Kaur, M., Srinivasan, S. M., & N Bhat, A. (2018). Com-
paring motor performance, praxis, coordination,
and interpersonal synchrony between children
with and without Autism Spectrum Disorder
(ASD). Research in Developmental Disabilities,72,
79-95. https://doi.org/10.1016/j.ridd.2017.10.025
熊谷 晋一郎(2018).ソーシャル・マジョリティ研究の
今後の展望 綾屋 紗月(編)ソーシャル・マジョ
リティ研究――コミュニケーション学の共同創
造――(p.287-297)金子書房
Lord, C., Rutter, M., Dilavore, P., Risi, S., Gotham, K., &
Bishop, S. ( 2012 ) . Autism diagnostic observation
schedule (2nd ed.). Psychological Corporation.
Malterud, K., Siersma, V. D., & Guassora, A. D. (2016).
Sample size in qualitative interview studies:
Guided by information power. Qualitative Health
Research,26(13), 1753-1760. https://doi.org/10.117
7/1049732315617444
松田 純子(2014).幼児期における基本的生活習慣の形
成――今日的意味と保育の課題―― 実践女子大
学 生活科学部紀要,51, 67-76. https://doi.org/10.
34388/1157.00001205
箕浦 康子(2009).フィールドノーツの分析 箕浦 康
子(編)フィールドワークの技法と実際 2――分
析・解釈編――(p.18-34)ミネルヴァ書房
森山 至貴(2017).LGBT を読みとく――クィア・スタ
ディーズ入門―― 筑摩書房
Nicolaidis, C., Raymaker, D., Kapp, S. K. , Baggs, A. ,
Ashkenazy, E., McDonald, K., Weiner, M., Maslak,
J., Hunter, M., & Joyce, A. (2019). The AASPIRE
practice-based guidelines for the inclusion of
autistic adults in research as co-researchers and
study participants. Autism: The International Jour-
nal of Research and Practice,23(8), 2007-2019. http
s://doi.org/10.1177/1362361319830523
能智 正博(2011).質的研究法 臨床心理学をまなぶ
6東京大学出版会
Oakley, B. F. M., Jones, E. J. H., Crawley, D., Charman,
T., Buitelaar, J., Tillmann, J., Murphy, D. G., Loth,
E., & EU-AIMS LEAP Group. (2022). Alexithymia
in autism: Cross-sectional and longitudinal asso-
ciations with social-communication difficulties,
anxiety and depression symptoms. Psychological
Medicine,52(8), 1458-1470. https://doi.org/10.1017/
S0033291720003244
Pellicano, E., & den Houting, J. (2022). Annual research
review: Shifting from “normal science” to neurodi-
versity in autism science. Journal of Child Psychol-
ogy and Psychiatry, and Allied Disciplines,63(4), 381-
396. https://doi.org/10.1111/jcpp.13534
五月 あかり・周司 あきら(2023).埋没した世界――
トランスジェンダーふたりの往復書簡―― 明石
書店
Schmidt, M. F. H., & Rakoczy, H. (2023). Childrenʼs ac-
quisition and application of norms. Annual Review
of Developmental Psychology, 5, 193-215. https://do
i.org/10.1146/annurev-devpsych-120621-034731
Sharp, W. G., Berry, R. C., McCracken, C., Nuhu, N. N.,
Marvel, E., Saulnier, C. A., Klin, A., Jones, W. , &
Jaquess, D. L. (2013). Feeding problems and nutri-
ent intake in children with autism spectrum dis-
orders: A meta-analysis and comprehensive re-
view of the literature. Journal of Autism and Devel-
opmental Disorders,43(9), 2159-2173. https://doi.or
g/10.1007/s10803-013-1771-5
霜山 祥子(2022).自閉スペクトラム症に併存する性別
違和から,Autism/Neurodiversity とGender Di-
versity の共起へ――近年の学術的展開―― 精
神科,41(6), 812-819.
Shimoyama, S., & Endo, T. (2024 ). Revisiting the link:
A qualitative analysis of the diverse experiences
of gender dysphoria as a subset of pervasive so-
cial dysphoria co-occurring with autism in Japan.
Autism: The International Journal of Research and
Practice. Advance online publication. https://doi.o
rg/10.1177/13623613241235722
Smith, J. A., Flowers, P., & Larkin, M. (2022). Interpre-
tative phenomenological analysis theory, method and
research (2nd ed.). SAGE.
Strang, J. F., Kenworthy, L., Dominska, A., Sokoloff, J.,
Kenealy, L. E., Berl, M., Walsh, K., Menvielle, E.,
Slesaransky-Poe, G., Kim, K. E. , Luong-Tran, C.,
Meagher, H., & Wallace, G. L. (2014) . Increased
gender variance in autism spectrum disorders
and attention deficit hyperactivity disorder. Ar-
chives of Sexual Behavior, 43(8), 1525-1533. https://
doi.org/10.1007/s10508-014-0285-3.
周司 あきら・高井 ゆと里(2023).トランスジェンダー
入門 集英社新書
戸田 まり(2016).児童期 田島 信元・岩立 志津夫・
長崎 勤(編)新・発達心理学ハンドブック(p.283-
292) 福村出版
Turban, J. L., & van Schalkwyk, G. I. (2018 ). “Gender
dysphoria” and autism spectrum disorder: Is the
link real? Journal of the American Academy of Child
and Adolescent Psychiatry,57(1), 8-9. https://doi.or
g/10.1016/j.jaac.2017.08.017
VERBI Software. (2021 ) . MAXQDA 2022 [computer
software]. VERBI Software. https://www.maxqd
a.com/
Walker, N. , & Raymaker, D. M. (2021). Toward a
neuroqueer future: An interview with Nick
Walker. Autism in Adulthood: Challenges and Man-
agement,3(1), 5-10. https://doi.org/10.1089/aut.202
0.29014.njw
Warrier, V., Greenberg, D. M., Weir, E., Buckingham,
C., Smith, P., Lai, M. C., Allison, C., & Baron-Cohen,
S. (2020). Elevated rates of autism, other neurode-
velopmental and psychiatric diagnoses, and autis-
tic traits in transgender and gender-diverse indi-
viduals. Nature Communications, 11 ( 1 ) , 3959. http
s://doi.org/10.1038/s41467-020-17794-1
Wattel, L., Walsh, J, R., Krabbendam, L. ( 2024). Theo-
ries on the link between Autism Spectrum condi-
tions and trans gender modality: A systematic re-
view. Review Journal of Autism and Developmental
Disorders,11, 275-295. https://doi.org/10.1007/s40
489-022-00338-2
Williams, P. G., Allard, A. M., & Sears, L. (1996) . Case
study: Cross-gender preoccupations with two
male children with autism. Journal of Autism and
Developmental Disorders,26(6), 635-642. https://doi.
org/10.1007/BF02172352
World Health Organization. (1980). International classi-
fication of impairments, disabilities, and handicaps: A
manual of classification relating to the consequences
of disease (Published in accordance with resolu-
tion WHA29.35 of the Twenty-ninth World
Health Assembly, May 1976) . WHO. Retrieved
April 20, 2024 from https://iris.who.int/handle/10
665/41003
──2023. 11. 13 受稿,2024. 7. 27 受理──