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Customer Experience Management of Amazon.com, Inc. (アマゾン・ドット・コムの顧客感性価値マネジメント)

Authors:

Abstract

This article is a study on Customer Experience Management of Amazon.com, Incorporated. For this study, the Experience Industry Concept which was proposed in 1985 by SRI International, the U.S. think tank, is referred. Amazon.com, Inc. has realized dramatically high growth since the middle of the 1990s. Its success factor is assumed to exist in Amazon.com, Inc.’s Management of Experiential Values for Customers. Then this study tries to prove the assumption. This study is aiming at showing the importance of the Management of Experiential Values for Customers to the Japanese corporate management who are seeking high growth like Amazon.com, Inc.
─ 109 ─
〈論 文〉
アマゾン・ドット・コムの顧客感性価値マネジメント
山 本 尚 利 
李   嘉 珉 **
Customer Experience Management of Amazon.com, Inc.
Hisatoshi Yamamoto
Jiamin Li
Abstract
This article is a study on Customer Experience Management of Amazon.com, Incorporated. For
this study, the Experience Industry Concept which was proposed in 1985 by SRI International, the
U.S. think tank, is referred.
Amazon.com, Inc. has realized dramatically high growth since the middle of 1990s. Its success
factor is assumed to exist in Amazon.com, Inc.’s Management of Experiential Values for Customers.
Then this study tries to prove the assumption.
This study is aiming at showing the importance of the Management of Experiential Values for
Customers to the Japanese corporate management who are seeking for the high growth like
Amazon.com, Inc.
要  約
本論はアマゾン・ドット・コム社(以下、アマゾンと略す)の顧客感性価値マネジメントに
関する研究である。この研究のため本論では、1985年に米国シンクタンクSRI インターナショ
ナル(以下、SRI と略す)にて提され Experience Industry 論を参照する。アマゾ
1990年代半ばより劇的な高成長を実現したが、その成功要因は顧客のための感性価値マネジメ
ントにあるのではないかという仮説を立て、SRI Experience Industry 論に基づいて、その
仮説の証明を試みる。
本論の研究は、アマゾンのような高成長企業を目指す日本企業経営者に顧客感性価値マネジ
メントの重要性を提示することを狙っている。
1.はじめに
本研究で取り上げるアマゾンは1994年に創業されたネットビジネスの代表的米国企業である(1)
。ア
マゾンは当初、書籍のネット販売事業からスタートした企業であり、2014年末現在、電子書籍事業に参
早稲田大学 WBS 研究センター
早稲田国際経営研究
No.46(2015)pp.109-122
 * 早稲田大学大学院商学研究科 教授
** 早稲田大学大学院商学研究科 専門職学位課程ビジネス専攻
─ 110 ─
入している。そこで、本研究では、アマゾンの中核事業である書籍販売事業に着目し、アマゾンの顧客
感性価値マネジメントについて分析する。
さて、最近、通勤電車内で多くの人がスマートフォンやタブレット端末などのスマート端末を利用す
るようになっている。このような新しい生活環境を世界規模にてもたらしたのは、携帯電話会社でもな
く、携帯電話メーカーでもなく、コンピュータメーカーであったアップル社(以下、アップルと略す)
(2)
であった。アップルは2007年半ばに iPhone(3)を発売し大ヒットさせた。一方、アマゾンはアップルの
iPhone の発売を追いかけるように、2007年暮れに電子書籍端末キンドル(4)を発売した。そして、アッ
プルはキンドルに対抗して、2010年半ば、電子書籍機能を含む多機能スマート端末 iPad(5)を発売した。
こうして、米国にてまず電子書籍が普及し始め、2014末現在、日本でも電子書籍が普及してし始めてい
る。ちなみに、2015年度には電子書籍サービスが日本市場で3500億円規模に、また電子書籍端末が日本
市場で640万台規模に達する見込みである(6)
2.研究仮説の設定
米国アマゾンは90年代半ばに創業して以来、書籍のネット販売事業で急成長している。そして、2000
年に日本市場に参入し、アマゾンの日本法人・アマゾンジャパン(7)が設立されている。
本論では、アマゾンの奇跡的高成長の貢献者は創業者のジェフ・ベゾスであるとみなす。そして、ア
マゾンの驚異的な成功要因は、彼の実行する顧客価値マネジメントの卓越性にあるのではないかという
仮説を設定する。インターネットの発達した先進国市場においては、消費者の感性価値に訴求する商
品・サービスを提供することが重要であり、ジェフ・ベゾスはそれを的確に実行したために、アマゾン
の売上げが急成長したとみなせる。以上の議論から、消費者向け企業が先進国市場で成功するためには、
顧客感性価値マネジメントの実行が必須となるとみなせる。そこで以下にアマゾンの顧客感性価値マネ
ジメントの卓越性について分析する。
3.顧客感性価値マネジメントの基礎理論
本論では、顧客感性価値マネジメントの基礎理論として、筆者(山本尚利)がかつて所属した米国シ
ンクタンク・SRI インターナショナルの Experience Industry 論(経験産業論)を採用する。なぜなら、
筆者は寺本義也・前早稲田大学商学研究科教授と共著の『新事業戦略』(2004年)
(8)においてすでに、
経験産業論を展開しているからである。なお、この経験産業という造語は Experience Industry という
英語の概念を正確に翻訳できていない恐れがあるので、以下、Experience Industry という英語を使用
する。
3-1.Experience Industry 論の基本概念
Experience Industry 論とは、SRI の元研究者、ジェームズ・オグルビー博士が1985年に提唱した新
─ 111 ─
産業コンセプトである(9)
先進国では、インターネットを含む通信サービス、電気、水道、ガスなどのユーティリティ・サービ
ス、テレビ・ラジオ放送網、鉄道、道路、バス、タクシー、航空サービスなどの交通・輸送サービス、
郵便・運送サービス、金融サービス、生活用品の小売店舗など、人々の通常生活に必要なサービス網が
充実している。Experience Industry 論はこのように社会インフラの整備された先進国で有望となる産
業コンセプトである。
さて、Experience Industry の普及した社会において、生活必需品を既に所有し、物質的欲求が満た
された人々は、モノの所有より、豊かな経験の欲求、知的向上意欲、嗜好の追求、娯楽の享受を求める
ようになる。 したがって、Experience Industry とは人々の経験欲求あるいは感性を満足させる産業と
も定義される。ところで、Experience Industry 社会におけるビジネスとは、具体的に何を指すであろ
うか。それは旅行サービス、芸術品の提供、娯楽サービス、レジャー産業、グルメ産業、各種知的教育
事業、コンファレンス・サービス、展示見本市、各種ブランド産業、マルチメディア産業における映画、
音楽、ゲームなどのコンテンツの制作と配給、インターネットを通じて提供される情報やコンテンツ・
サービスなどの総称である。
Experience Industry は米国、欧州、日本などの経済的先進国において隆盛する。インターネットの
普及によって、Experience Industry が世界中の先進国で開花している。ただし、戦争やテロや伝染病
が蔓延すると、真っ先に萎縮する特徴を有している。その意味で、Experience Industry は、まさにあ
だ花のようにはかなく、もろいという側面をもっている。
1985年におけるオグルビーの予測は、まさに20世紀末登場したインターネット社会到来をずばり言い
当てていると言える。
上記に定義する Experience Industry 社会は、脱工業化社会でもあり、モノよりコト、すなわち、経
験(Experience)に価値をおく社会である。
3-2.顧客感性価値とは
は、SRI Experience Industry 論に 基づ て、 Experiential Values for
Customers、または略して Customer Experience Management と英訳する。したがって、本論では顧
客感性価値と顧客経験価値をほぼ同義語としてとらえる。なぜ、Experiential Values を経験価値と和訳
しないかというと、Experience Industry 論に馴染みのない人には経験価値という造語が正確に理解で
きないと思われるからである。
さて、感性価値の定義については経済産業省の『感性価値創造活動の推進』
(10)のウェッブサイトから
ダウンロードできる報告書に詳細に定義されている。従って、本論ではそれについて詳述しないが、人
間のもつ様々な感性に訴求する付加価値と定義される。巷間にモノがあふれる日米欧を含む先進国では
顧客のニーズが多様化・高度化し、機能価値に加えて感性価値の備わった商品・サービスを顧客に提供
─ 112 ─
しない限り、顧客は商品・サービスにおカネを払ってくれないということである。そのような顧客感性
価値の高い商品・サービスを提供する新産業を日本で活性化できれば、日本経済は再び活性化するはず
である。以上の議論より、先進国における顧客感性価値を Experiential Values for Customers または
Customer Experience と訳せば、機能価値に加えて感性価値を有する商品・サービスを提供する産業は
Experience Industry と定義できる。
3-3.感性産業と Experience Industry の関係
さて、筆者(山本尚利)の同僚である長沢伸也・早稲田大学大学院商学研究科教授は2005年に『ヒッ
トを生む経験価値創造』
(11)を出版しており、この著書からも感性価値と経験価値が極めて近い概念であ
ることがわかる。そこで、本論では、日本語の感性産業と経験産業を同義語として扱う。
なお、感性産業論については拙著『感性産業論』(2012年)
(12)にてすでに論じている。そして、筆者
の感性産業論に基づいて、21世紀型先進国産業マップ、すなわち感性産業マップをすでに作成している
図表1)。
図表1 感性産業マップ
製品 ・サー ビス区分
単体 製品 シス テム ービス
・高級ブランド品
(車、バッグ、化粧品、宝飾、腕時計、酒など)
・芸術・娯楽作品(絵画、著作など
・医薬、サプリメント
・ペット
・ブランド品ショップ
・スーパー、コンビ
・新聞、出版、映画会社
・普及品
(車、バッグ、化粧品、宝飾、腕時計、酒など)
・日用品
・生活必需品
・農業、漁業
・マルチメディア・コンテンツ
TV芸能、映画、音楽、ゲーム)
ITネットワーク・ソフト
・ヘルスケアサービス
インターネット・
サービス
プロバイダー
・商社、卸問屋
・流通、物流サービス
ユーティリティ・サービス
(通信、放送、電力、ガス、水道、郵便)
・住宅、建設、ゼネコ
・地方自治体、公共サービス
・不動産開発
・ビジネスホテル、ファーストフード
・金融サービス
・一般ホテル、レストラン
・航空、鉄道、レンタカー
SI、エンジニアリング
エンターテインメント
旅行、レジャー、スポーツ、テー マパーク、
ショッピングモール、風俗、カジ ノ、エステ、
高級ホテル、ディナーレストラ ン)
・高等教育、文化 ・宗教
コンサルティング
(資産運用、法律、ビジネス)
ものづくり
製造業
DIY、ガーデニング、アウトドア
・義務教育
・人材派遣サービス
出所:寺本義也・山本尚利[2004]MOTアドバンスト:新事業戦略』
日本能率協会マネジメントセンター、P216、図表4-1を修正
Co nduits
(器の価値)
Co ntents
(中 身の価値
この図に示される感性産業分野におけるビジネスは21世紀型先進国で隆盛するビジネスとみなされる。
そして、本図に示される感性産業ビジネスを成功させるためには、当然ながら、顧客感性価値マネジメ
─ 113 ─
ントが重要となることは明らかである。
なお、本論で取り上げるアマゾンは図表1の産業マップ上は図の中央部に位置するインターネット・
サービスプロバイダーに属するとみなせる。
3-4.感性価値のキーワード
ジェームズ・オグルビー博士の Experience Industry (9)では、感性価値とは何かについて議論さ
れているが、それを参考に筆者は15の感性価値キーワードをリストアップしている(図表2)。
オグルビー博士は感性価値キーワードの意味を明確にするため、各キーワードが象徴するビジネス事
例を提示している。
以上より、図表1に示す感性産業領域のビジネスは図表2に示す感性価値キーワードとの関連性が高
いことを意味する。
図表2 感性価値キーワードと関連産業
感性価値キーワード 有望感性産業(例)
1 Cultivate 心を磨く Education/Culture 教育・文化
2 Broaden 経験を広げる Travel 旅行
3 Heal 心を癒す Therapy 医療
4 Escape 心を休める Entertainment 娯楽
5 Edify 悟りを開く Religion 宗教
6 Stimulate 感性を刺激する Erotica 風俗
7 Warp 気を紛らす Alcohol/Restaurant 酒・レストラン
8 Numb 全てを忘れて耽る Drug/Tobacco/Casino 嗜好品 カジノ
9 Enrapture 感動する Art/Music/Film 芸術・映画
10 Participate 参加する Sports/Auction スポーツ・競売
11 Acquire 買う Shopping 買い物
12 Inform 知らせる Information/Communication 情報通信
13 Instruct 教える Intelligence/Knowledge 知識・教育
14 Create 創造する Production/Creation 製造・制作
15 Venture 冒険する Investment/Development 投資・開発
出所:山本尚利[2000]「米国ベンチャー成功事例集」アーバンプロデュース社
4.アマゾン社の書籍販売事業における顧客感性価値分析
アマゾンの中核事業は依然、書籍のネット販売事業であるが、アマゾンは無限の陳列棚をもつ巨大な
本屋といえる。そして、世の中に出回っているあらゆるジャンルの書籍をアマゾンは販売している。し
かも、アマゾンは紙媒体の書籍と電子書籍の両方を販売している。この点は書籍のネット販売事業にお
けるアマゾンの最大の強みである。さて、ここでアマゾンの顧客感性価値マネジメントとは何かを明ら
─ 114 ─
かにするため、まず、アマゾンがネット販売している書籍全般に対し顧客がどのような感性価値を抱く
のかを分析してみる。
4-1.書籍に対する顧客感性価値分析
アマゾンジャパンが日本にてネット販売している25カテゴリーの書籍群に対して顧客の求める価値を
体系化してみる(図表3。その結果、書籍を買い求める顧客の価値は、およそ知識的価値と情緒的価
値に二分されるとみなせる。
アマゾンジャパンの25カテゴリーの書籍群に SRI 感性価値分析法を適用するため、便宜上10分類(
表3の中分類)に集約する。そして、図表2に示した感性価値キーワードを使って、10分類の書籍群に
対する顧客感性価値分析を行うものとする。
本分析法では、まずステップ1として二次元マトリックス表を作成する。そのマトリックスの横軸に
図表2に示した15の感性価値キーワードを列挙する。そして本マトリックスの縦軸には図表3に示す
書籍の中分類 を並べる。こうしてマトリックス表が出来上がったら、次にステップ2として、本分
析で取り上げる10ジャンルの中分類の書籍群が顧客に提供するコンテンツ(縦軸)を15の感性価値キー
ワード(横軸)と照らし合わせる。そして相互関連度の極めて高いカラムに◎印(主要関連)を記入す
る。また、相互関連度が普通に高いとみなせるカラムに○印(直接関連)を記入する。次にステップ3
として、分析対象の各書籍コンテンツの顧客感性価値のレベルを定量化する。そのために、◎印(主要
関連)に2点を与え、○印(直接関連)に1点を与える。そして、マトリックスの右端には顧客感性価
図表3 書籍に対する顧客価値体系
書籍の大分類 書籍の中分類 書籍の小分類
文学・評論
人文・思想
社会・政治
学術・専門書 ノンフィクション
歴史・地理
文学・小説 ビジネス・経済
知識的価値 投資・金融・会社経営
時事・政治 科学・テクノロジー
医学・薬学
ビジネス・経営 コンピュータ・IT
アート・建築・デザイン・ファッション
芸術 実用・ホビー
書籍の顧客価値 スポーツ・アウトドア
趣味 資格・検定
暮らし・健康・子育て
社会・ライフスタイル 旅行ガイド・マップ
語学・辞事典・年鑑
学習・教育 教育・学参・受験
情緒的価値 絵本・児童書
娯楽・芸能 コミック
ライトノベル
エロチカ・ポルノ ボーイズラブ
タレント写真集
エンターテインメント(映画・ 音楽・芸術)
アダルト
─ 115 ─
値レベルの合計点を記入する。またマトリックスの最下段には15の感性価値キーワード別にその合計点
を記入する。こうして完成した各ジャンル別の書籍コンテンツに対する顧客感性価値レベルは、マト
リックスの右端に示す横方向のスコア合計点およびその分布で評価することができる。また、書籍とい
う商品は15の感性価値キーワードの観点から、どのような顧客感性価値の特性をもっているかについて
は、マトリックスの下段の縦方向のスコア合計点およびその分布から評価できる。
4-2.アマゾンがネット販売している書籍の顧客感性価値とは
上記の SRI 感性価値分析法に従って、アマゾンがネット販売している書籍の顧客感性価値分析を行っ
たところ図表4に示すような結果を得た。この結果によれば、知識的価値寄りの、1)学術専門書、3)
時事・政治、4)ビジネス・経営のカテゴリーの顧客感性価値のスコアは低目となった。そして、情緒
的価値寄りの2)文学・小説、5)芸術、6)趣味、7)社会・ライフスタイル、8)学習・教育、9)
娯楽・芸能、10)エロチカ・ポルノのスコアは高目となった。また、図表4のマトリックス下段の縦方
向スコア合計の分布から、書籍は15の感性価値キーワードに万遍なく関連していることがわかる。この
ことから、書籍という商品は図表1の感性産業領域と密接に関連していると言える。
図表4 書籍に対する顧客感性価値分析
顧客感性価値
書籍中分類
感性価値キーワード
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
心を磨く(教育、 文化)
経験を広げる(旅行)
心を癒す(医療)
心を休める(娯楽)
悟りを開く(宗教)
感性を刺激(風俗)
気を紛らわす(飲食)
全てを忘れる (嗜好品)
感動する(芸術)
参加する(運動競売)
買う(買い物)
知る(情報通信)
教える(教育)
創造する(製造制作)
冒険する(投資開発) スコア
1 学術・専門書 7
2 文学・小説 11
3 時事・政治 4
4 ビジネス・経営 6
5 芸術 12
6趣 ○◎○◎ ○○◎○○○○○◎○ 18
7 社会・ライフスタイル 9
8 学習・教育 11
9 娯楽・芸能 13
10 エロチカ・ポルノ 9
ア9989476665411682
注記:◎印は主要関連(スコア2点)、○印は直接関連(スコア1点)とする。
図表4の書籍に関する顧客感性価値分析からおよそわかることは、知識的価値の高い書籍よりも情緒
的価値の高い書籍の方が顧客感性価値への訴求力が高いと言える。ちなみに、富士ゼロックスは書籍の
─ 116 ─
読者が従来の紙媒体書籍に比べて電子書籍コンテンツをどのように評価するのかについて興味深い実証
実験を行っている(13)
。この実証実験によれば、全体的に電子書籍コンテンツは紙媒体書籍に劣るが、
娯楽性の高い書籍についてはその差が縮小する傾向があるとみられる。この結果は極めて首肯できるも
のである。この富士ゼロックスの実証実験結果と図表4の顧客感性価値分析を照合すると、顧客感性価
値のスコアの高い書籍(娯楽性の高い書籍を含む)は電子書籍コンテンツの優位性が高くなるとみなせ
る。
以上の分析より、アマゾンの電子書籍事業においては、娯楽性が高く、知識的価値より情緒的価値の
高い書籍が有望であると結論付けられる。
5.アマゾン社における消費者の顧客化戦略
上記のアマゾンの書籍のネット販売事業における顧客感性価値分析からわかることは、アマゾンは顧
客を極めて重視する企業であることがわかる。そこで、本項ではアマゾンの顧客戦略について議論する。
5-1.アマゾンのネットビジネスとは
アマゾンは書籍のネット販売からスタートして、2014年末現在、1)Kindle 本 & 電子書籍リーダー、
2)Fire タブレット、3)Amazon インスタント・ビデオ、4)デジタルミュージック、5)Amazon
Cloud Drive、6)Android アプリストア、7)ゲーム & PC ソフトダウンロード、8)本コミック
雑誌、9)DVD・ミュージック・ゲーム、10)家電・カメラ・AV 機器、11)パソコン・オフィス用品、
12)ホーム & キッチン・ペット、13)食品 & 飲料、14)ヘルス & ビューティー、15)ベビー・おも
ちゃ・ホビー、16)ファッション・バッグ・腕時計、17)スポーツ & アウトドア、18)DIY・カー
バイク用品、の18カテゴリーの商品・サービス群をネット販売している。アマゾンがこれほど多種多様
な商品・サービス群をネット販売できるのはアマゾンの顧客戦略が優れるからであるとみなせる。そこ
で、まず、消費者を顧客化するプロセスについて議論する。
5-2.顧客感性価値マネジメントの観点からの消費者の顧客化とは
筆者(山本尚利)は、顧客感性価値マネジメントについてすでに論文を投稿している(14)
。その中で
取り上げている顧客感性価値マネジメントの類似のコンセプトとして、バーンド・シュミットの経験価
値マネジメントがある(15)
図表5にシュミットの経験価値モジュールを示す。
そこで、シュミットの経験価値モジュールを消費者の顧客化プロセスに適用すると図表6のようにな
る。なお、本論では感性価値を Experiential Values と英訳しているので、上記、シュミットの経験価
値モジュールは感性価値モジュールと言い換えることができる。
─ 117 ─
図表5 戦略的経験価値モジュール(SEM)
SENSE(感覚的経験価値)
FEEL(情緒的経験価値)
THINK(知的経験価値)
ACT(行動的経験価値)
RELATE(関係的経験価値)
出所長沢伸也大津真一[2010]『経験価値モジュー
(SEM)の再考』早稲田国際経営研究 No.41
pp69-77
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream
/2065/31135/1/WasedaKokusaiKeieiKenkyu_41_
Nagasawa2.pdf
2015年1月1日現在有効
図表6 消費者の顧客化プロセス
SENSE FEELTHINK ACT RELATE
Customer Experience
参考資料:藤吉栄二[2012]『スマートデバイス最前線』野村総合研究
hp://www.nri.com/jp/event/mediaforum/2012/pdf/forum174_4.pdf
2015
1
1
日現在有効
5-3.アマゾンにおける消費者の顧客化プロセス
アマゾンの創業者・ジェフ・ベゾスの顧客戦略コンセプトについてはアマゾンジャパンのホームペー
ジにアマゾンのビジネスモデルとして公表されている(16)
。本論にて、この原図を元に、図表6の消費
者の顧客化プロセスを意識して、改めてアマゾンの顧客獲得ビジネスモデルを描いてみると図表7のよ
うになった。
─ 118 ─
図表7 アマゾン社のビジネスモデル
アマンの
高成
Growth
コストダウン
Lower Cost Struct ure
割安 商品
Lower Prices
アマゾ ン選択
Selecon
顧客 感性価値の満足
Customer Experience
アマゾ ンに発注
Trac
多数 の売り手
Sellers
考資料:amazon.co.jpの会社概要、hp://www.amazon-jp-ops.com/company/
2015
1
1
日有
さらに、図表7を元に、アマゾンにおける消費者の顧客化戦略のコンセプトを描くと図表8のように
なった。
図表8 アマゾン社における「消費者の顧客化」戦略
アマゾンの
顧客獲得戦略
(消 費者の顧客化)
Aenon Economy
消費 者への注意喚起
GiEconomy
消費者への赤字サービス
Economy of Scope
事業 範囲拡大による
コストダウン
Economy of Scale
事業 規模拡大による
単価低
4つの Economy
消費 者が憶えやすい社 名:アマゾン
アルフ ァベットのAで始まる社名:アマゾン
書籍 =アマゾンと消 費者脳裏にインプット
電子 書籍は月額9.99ドル( )で読み放題
電子 書籍コンテンツと端末の両方を販売
死に 筋書籍も販売(ロングテ ール在庫*)
巨大 フルフィ ルメント・センター(商品在庫
管理 ・ピッキング・配送) の拠点化
アマゾンの
電子 書籍端末キン ドルを割安価格で販売
書籍 および電子書籍コンテンツ: 無限 の品 揃え
送料 無料サービ ス(実質的な値引き)
*ロ ングテール(
Long Tail
):
hp://en.wikipedia.org/wiki/Long_tail
2015
1
1
日有効)
─ 119 ─
図表8によれば、アマゾンはネットビジネスに求められる4つの Economy 論を実践していることが、
アマゾンの顧客獲得の成功要因となっていることがわかる。その4つの Economy 論とは、1)
Attention Economy(ネット販売事業者が消費者の関心を引くこと)
(17)
、2)Gift Economy(赤字覚悟
で消費者に商品・サービスを提供すること)
(18)
、3)Economy of Scope(関連する複数の事業を一元化
して効率化すること)
(19)
、4)Economy of Scale(事業規模を拡大して販売単価を低減化すること)
(20)
ある。
ちなみに、図表8からアマゾンが顧客獲得戦略にてとりわけ重視しているのが Gift Economy である
ことがわかる。Gift Economy を充実させれば、Attention Economy も自動的に達成される。
5-4.アマゾンの企業経営の特徴
アマゾンの手がけるネット販売事業はネットにアクセスする無限の消費者を相手にしており、ネット
ビジネスはいわば、究極の買い手市場である。そのようなネットビジネスの特徴をよくわきまえた上で、
アマゾンはネット販売事業で急成長してきた。しかしながら、無限の消費者を一人でも多くアマゾンの
顧客にするための経営努力の代償は ゼロ利益経営 である。このようなアマゾン独特の経営は、アマ
ゾンの売上げは急成長しているにもかかわらず、利益率が極めて低い結果となって表れている図表9)。
出所:アマゾの公アニアルポーより
-80
-60
-40
-20
0
20
40
60
80
100
1995
年末
1996
年末
年末
年末
年末
2000
年末
年末
2002
年末
2003
年末
2004
年末
2005
年末
2006
年末
年末
2008
年末
2009
年末
年末
2011
年末
2012
年末
2013
年末
売上高(単10億ドル)
営業利益率(%)
図表9 アマゾン社の財務業績推移
アマゾンがゼロ利益経営を続けているのは書籍や物品のネット販売の増大に伴って、フルフィルメン
─ 120 ─
ト・センター(商品在庫管理・ピッキング・配送の拠点)への投資を拡大しているからであろう。デジ
タル商品ではない実物商品のネット販売は商流と物流の両輪で成り立つが、物流量の増大に伴うフル
フィルメント・センター投資の拡大はスケール・メリットが出しにくい。ここに図表9に示すようなア
マゾン企業経営の低収益性の原因が潜む。
5-5.アマゾンのビジネスモデルの有望性
図表9に示したように、アマゾンは顧客獲得戦略を優先して利益を度外視している。したがって、ア
マゾンの今後の経営課題は低収益体質からの脱却であることは自明である。その具体策は出品(出店)
サービス(21)による手数料収入の増大化とみなせる。
ここでアマゾンの中核事業である書籍事業を取り上げて、その書籍ビジネスモデルを描くと図表10
のようになる。アマゾンは世界の消費者をできるだけ多く顧客化することによって、巨大な書籍取引市
場を構築することに成功している。そしてアマゾン・サイトには書籍の買い手(読者)のみならず、書
籍の売り手(中古本の販売者)、書籍の作り手(出版社および出版商社)、書籍の書き手(著作者)が集
結することになる。その結果、アマゾンは巨大な書籍取引市場の運営者となり、書籍取引規模の拡大と
ともに自動的に手数料収入が増大する。この手数料収入こそ、アマゾンの未来の重要な収益源となるで
あろう。
図表10 アマゾンの書籍ビジネスモデル
アマゾン
(書籍取引市場)
界の消費者
書き
(著 作者)
売り
(中 古本販売者)
買い
(読 者)
作り
(出 版者)
アマゾン
現在のアマゾンは書籍事業においては、日米欧の先進国市場を中心に他を寄せ付けない圧倒的競争優
位性を確保している。したがって、図表10のアマゾンの書籍ビジネスモデルはネット社会経済におけ
─ 121 ─
る経路依存性(22)を有するとみなせる。ちなみに経路依存とは複雑系経済学用語であり、世の中で先行
的に構築されたシステムにすべての利用者が拘束(ロックイン)される現象を指す。代表的な経路依存
ビジネスモデル事例はマイクロソフト社のソフトウェア主力商品・ウィンドウズ販売であろう。ウィン
ドウズは世界中で使用されるパーソナル・コンピュータのオペレーション・システムの事実上の標準
(デファクト・スタンダード)になってしまった。その結果、マイクロソフトのソフトウェア販売ビジ
ネスは世界規模で収穫逓増となった。それと同様に、アマゾンにとって、図表10の書籍ビジネスモデ
ルにおける書籍取引・取次ぎ手数料および電子書籍コンテンツ(デジタル商品)販売はアマゾンの今後
の収穫逓増に寄与するはずである。従って、現在のアマゾンの営業利益は低レベルであるが、将来は営
業利益率が収穫逓増的に向上する可能性が高い。
6.まとめとアマゾン社の今後の課題
上記5-5項の分析より、アマゾンの書籍ビジネスモデル(図表10)は将来的に収穫逓増をもたら
す可能性が高いことがわかった。これまでのアマゾンの低利益率体質は将来的に図表10のビジネスモ
デルの経路依存性と収穫逓増を実現するためのアマゾンの戦略的かつ計画的な低収益経営の結果とみな
せる。
現在のアマゾンは全世界で9万人規模の従業員を擁するが、その多くはピッキング作業に従事する低
賃金の非正規社員である(23)
。一方、アマゾンのライバル・アップル社も同規模の従業員を擁するが、
アップルの売上げ規模は2013年末現在、アマゾンの2倍以上ある。この事実から、アマゾンの従業員の
雇用環境は決して良くないとみなせる。この問題を解決するにはアマゾンはピッキングコストのかかる
実物商品販売以外のデジタル商品販売比率を増やし、さらに書籍取引ビジネスの手数料収入を増やす必
要がある。
日本のネット販売・サービス(イーコマース)市場において、アマゾンジャパンは楽天に次ぐ二番手
に位置している(24)
。このことから、アマゾンは日本市場では成功しているとみなせる。ところが、筆
者(李嘉珉)が中国のイーコマース市場を調査したところ、アマゾンは中国のイーコマース大手の
Tmall.com JD.com とのシェア競争に2014年末現在、まったく勝てていない。日米欧市場では成功し
ているアマゾンの顧客獲得戦略は巨大な有望市場である中国市場では成功できていないことを物語って
いる。顧客獲得戦略に優れるアマゾンがなぜ、中国市場でシェアを伸ばせないのかは、慎重に分析しな
いと究明できないと思われるが、中国消費者を引き付ける顧客感性価値マネジメントに成功していない
ためか、もしくは中国市場への参入タイミングを誤った可能性がある。いずれにしても、巨大市場の中
国でいかにアマゾンの顧客を獲得するかが、アマゾンの今後のグローバル経営課題である。
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<注記および参考文献・参考ウェッブサイト>
(1)Amazon.com
 http://ja.wikipedia.org/wiki/Amazon.com
(2)Apple Inc.
 http://en.wikipedia.org/wiki/Apple_Inc.
(3)iPhone
 http://ja.wikipedia.org/wiki/IPhone
(4)Amazon Kindle
 http://ja.wikipedia.org/wiki/Amazon_Kindle
(5)iPad
 http://ja.wikipedia.org/wiki/IPad
(6)(株)MM 総研『電子書籍サービスおよび電子書籍端末の市場展望』
 http://www.m2ri.jp/newsreleases/main.php?id=010120110414500
(7)Amazon.co.jp
 http://ja.wikipedia.org/wiki/Amazon.co.jp
(8)寺本義也・山本尚利共著、『MOT アドバンスト:新事業戦略』、日本能率協会マネジメントセンター、2004年
(9)Ogilvy,J.A., “The Experience Industry”, SRI International Business Intelligence Program, Report No.724, 1985
(10)経済産業省、感性価値創造活動の推進
 http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/kansei.html
(11)長沢伸也編著、『ヒットを生む経験価値創造』、日科技連出版社、2005年
(12)山本尚利、「感性産業論」『早稲田国際経営研究』No.43、2012年、55-65頁
 http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/35696/1/KokusaiKeiei_43_Yamamoto1.pdf
(13)富 士ゼロックス テクニカルレポート、『電子書籍端末は紙を代替できるか? 電子書籍端末の評価実験にもと
づく考察』No.21、2012
 http://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2012/pdf/t_4.pdf
(14)山 本尚利、「感性価値マネジメント ― アップル社の事例研究 ―」『早稲田国際経営研究』No.45、2014年、
17-28頁
 http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/41388/1/KokusaiKeieiKenkyu_45_Yamamoto.pdf
(15)バーンド・H・シュミット著、嶋村和恵・広瀬盛一訳、『経験価値マネジメント』、ダイヤモンド社、2004年
(16)amazon.co.jp、会社概要
 http://www.amazon-jp-ops.com/company/
(17)Attention economy
 http://en.wikipedia.org/wiki/Attention_economy
(18)Gift economy
 http://en.wikipedia.org/wiki/Gift_economy
(19)Economies of scope
 http://en.wikipedia.org/wiki/Economies_of_scope
(20)Economies of scale
 http://en.wikipedia.org/wiki/Economies_of_scale
(21)Amazon 出品(出店)サービス
 http://services.amazon.co.jp/services/sell-on-amazon/services-overview.html?ld=SEJPSOAGoog13865
(22)W. ブライアン・アーサー著、有賀裕二訳、『収益逓増と経路依存 ─複雑系の経済学─ 』、多賀出版、2003年
(23)横田増生、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』、朝日文庫、2010年
(24)週刊ダイヤモンド、『特集 楽天 vs アマゾン 日本で勝つのはどちらだ』、2012年12月15日号、26-55頁
上記のウェッブサイト情報はすべて2015年1月1日現在有効とする。
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