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解説:自由エネルギーを用いた認識・行動・感情の数理モデル(感性設計のための数理 第3報) Modeling Recognition, Action, and Emotion using Free-energy (Mathematics for Kansei design: 3rd Report)

Authors:

Abstract

柳澤秀吉, 自由エネルギーを用いた認識・行動・感情の数理モデル(感性設計のための数理 第3報), 設計工学, Vol.75, No.2, pp.41-48, 2022.
DRAFT 設計工学 Vol. 57, No.2(2022 2 月)
自由エネルギーを用いた認識・行動・感情の数理モデル*
(感性設計のための数理 3報)
Modeling Recognition, Action, and Emotion using Free-energy
(Mathematics for Kansei design: 3rd Report)
柳澤秀吉*1
(Hideyoshi YANAGISAWA)
Key Words : Kansei, emotion, recognition, free-energy
1.はじめに
感性設計とは、機能や性能に加えて、ヒトの感性
に評価を依存するモノのよさを要件とした設計であ
1), 2)。すなわち、感性設計は工学設計の感性への
拡張である。一般に、設計とは、目的の実現のため
の計画を意味する。したがって、設計では、モノを
実体化する前に、実体化したモノがもたらす結果を
予測できる必要がある。工学設計、たとえば、機械
設計では、所望の機能や性能を実現するための物理
現象をもたらす構造と挙動を計画する。この計画の
ためには、構造と挙動が与えられたときに、それら
がどのような物理現象を引き起こすのかを予測でき
る必要がある。この予測のために、熱力学、流体力
学、機械力学、材料力学といったいわゆる四力学が、
その数理的基盤を提供する。同様に、感性設計にお
いては、モノがもたらす物理現象が、ヒトにどのよ
うな知覚、感情,行動を引き起こすのかを予測可能
したい。そのためには、物理と感性とをつなぐ数理
が望まれる。
感性を数理的にモデル化する方法は、二つのアプ
ローチに大別できる 3)。第一のアプローチは、モノ
を構成する物理量と、モノに対するヒトの反応を定
量的に取得し、それらの相関関係を統計的にモデル
化する方法である。このアプローチには、ヒトの反
応を定量データとして取得する技術、および取得し
たデータから法則性を抽出する技術が求められる。
前者は、主観、生理、行動の三つに大別できる。た
とえば、官能評価法は主観、脳計測は生理、視線行
動計測は行動にそれぞれ分類される。後者は、多変
量解析等の線形性を仮定した方法や、機械学習など
の非線形性を考慮した方法がある。このアプローチ
は実用的に優れており、これまでにも様々な感性設
計に応用されてきた(たとえば、製品音の感性設計
4))。しかし、次に挙げる問題がある。取得したデ
ータ周辺の内挿には適するが、データが存在しない
解空間への外挿は不可能である。そのため、得られ
たモデルが適用可能な対象と解空間は限定的である。
つまり、モデルの汎用性と一般性に乏しい。また、
物理量とヒトの反応との間の相関関係が分かったと
しても、なぜそのような関係性が得られたのかにつ
いては考察の域を脱しない。
第二のアプローチは、神経科学や生物学などで明
らかにされた脳や生物の原理を数学的に記述し、そ
の演繹からヒトの知覚、感情、行動を説明、予測す
る数理モデルを構築する方法である。この方法は、
第一のアプローチの問題を解決しうる。すなわち、
原理からの演繹による外挿と感性のメカニズム理解
を実現する。
本稿では、第二のアプローチのための原理として
有望な自由エネルギー原理 5)を紹介する。そして、
自由エネルギーを用いて、ヒトの知覚、行動を統一
的に説明することを試みる。さらに、自由エネルギ
ーを用いて、感情や気分をも説明できる可能性を示
す。
2.ヘルムホルツと自由エネルギー
2.1 無意識的推論から予測符号化へ
自由エネルギーは、1882 年にヘルムホルツ
Hermann von Helmholtz, 1821-1894)が提唱した熱
力学発祥の概念である。ヘルムホルツは、エネルギ
ー保存則を提案した物理学者として知られるが、同
時に生理学の大家でもあった。たとえば、ヤング=
ヘルムホルツの三原色説は、現在の色覚の基礎とな
っている。また、聴覚の研究において、音の周波数
解説
* 原稿受付:2021 930
*1 正会員(理事),東京大学大学院工学系研究科機械工
学専攻 (113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1)
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を蝸牛の基底膜の場所によって符号化しているとす
る理論を初めて提唱したのも彼である。ヘルムホル
ツは、視覚の研究において、周辺視野の分解能が低
く、網膜には盲点や血管が走るのに、なぜ視野全体
は鮮明に見えるのかの説明として、脳が過去の経験
に基づいて視覚信号から世界像を無意識に推論して
いるためだと考えた。これの考えは「無意識的推論」
と呼ばれる 6)。つまり、彼は、我々の知覚が感覚信
号の原因の(無意識的な)推論であると考えた。
この考え方が画期的であったのは、脳が視覚信号
それ自体を知覚しているのではなく、その視覚信号
の原因の予測を知覚しているという発想の転換にあ
った。そして、この考え方は、現在の神経科学にお
いて、予測符号化(Predictive coding)の理論として
説明されている 7)(Fig. 1)。ここで、視覚を例に予測
符号化を説明する。網膜に入った光は、視神経によ
り電気信号に変換され、外側膝状体、第一次視覚野、
第二次視覚野、・・と低次から高次の領野へと伝達
される。この神経伝達の経路は、順行性結合と呼ば
れ、この過程で視覚信号の原因(大きさ、形、色、
動きなど)が推定される。一方、推定された原因に
もとづいて、外界に対する予測信号を生成し、高次
から低次へと伝送する。これを、逆行性結合という。
このとき、順行性結合からの信号と逆行性結合の予
測が比較され、この差を予測誤差(Prediction error)
呼ぶ。予測誤差は、原因の推定やそれにもとづく予
測の誤りを意味する。そこで、予測誤差を順行性結
合により再度伝送することで、この誤りを訂正する。
これを繰り返すことで予測誤差を最小化する。この
ように、逆行性結合による予測信号を、順行性結合
からの予測誤差により原因推論や予測を逐次的に修
正することで、予測誤差を最小化し、もっともらし
い原因を推論する仕組みが予測符号化である。後に
詳しく説明する様に、この予測誤差の最小化が自由
エネルギーの最小化に対応する。
Figure 1 Predictive coding.
2.2 予測誤差と自由エネルギー
脳神経細胞の発火(電気信号のやりとり)は確率
的である。また、複数の神経細胞からなる集団
population)の発火率分布によって符号化される
(これを、population coding という)。このことから、
確率分布を用いて脳の働きを表現する。いま、感覚
信号(観測; observation)の確率変数を o、その原因
(隠れ状態: hidden state)を確率変数 sであらわす。
我々の脳は、これまでの経験から、osの随伴性
を学習していると考えられる。そこで、その知識を
同時確率 p(o, s)であらわす(これを、生成モデルと
呼ぶ)。一方、sの認識を確率分布 q(s)であらわす
(これを、認識分布と呼ぶ)。脳は、情報処理装置
であるから、その処理単位を情報量で表す。情報量
は、事象の確率 pに対して、負の対数 log pであ
らわされる。いま、感覚信号 oを得たとすると、s
おける予測誤差は、分布間の擬距離を意味する
Kullback–Leibler divergence(以下、KLD)を用いて、
以下の様にあらわせる。
()
(()|| ( | )) log ( | ) log ()
KL qs
Dqspso pso qs  (1)
ここで、p(s|o)は、観測 oを得た後の sの条件付き
確率分布であり、事後分布と呼ぶ。また、< p >qは、
qで重みづけた pの平均を意味する。KLD は、二つ
の分布間の一致度合いを表す非負の指標であり、分
布が完全に一致した場合にゼロの値をとる。さて、
条件付き確率の定義から (|) (,)/ ()ps o pso poであ
るから、これを式(1)に代入して整理すると、
(()|| ( | )) log ()
KL
D
qs ps o F ps (2)
() ()
log ( , ) log ( )
qs qs
Fpso qs  (3)
を得る。ここで、
は自由エネルギーを意味する。
(3)の右辺第一項は内部エネルギー、第二項はエン
トロピーをあらわし、温度T=1 としたときのヘルム
ホルツの自由エネルギーと一致する。(なお、統計
力学においては、ボルツマン分布を導入することに
より、数学的に等価な自由エネルギーの式を得る。)
3.自由エネルギー原理とベイズ脳
3.1 認識と行動
熱力学第二法則によれば、孤立系においてエント
ロピーが増大する不可逆過程が自発的に進行し、最
終的にエントロピー最大の熱平衡状態に達する。そ
の結果、温度と体積が一定の系では、ヘルムホルツ
自由エネルギーは減少し最小化される。
近年、神経科学において、Friston らは、自由エネ
ルギー最小化の考えを生物に適用し、脳の働きを統
一的に説明する原理として提唱している 5), 8)。すな
Model
Prediction
Sensation
Prediction
error
perception
Stimuli
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わち、いかなる自己組織化された系においても、そ
の系が平衡状態にあるためには、系の自由エネルギ
ーを最小化しなければならない、とする原理である。
ここで、自己組織化された系とは、たとえば脳や生
物一般を指す。そして、それらが平衡状態を維持す
るとは、それらの生存を意味する。式(2)から、自由
エネルギーは、KLD と感覚刺激に対する情報量(サ
プライズと呼ぶ)の和である。
(()|| ( | )) log ()
KL
F
Dqs pso po
(4)
認識分布 qを動かして、自由エネルギーを最小化
するには、qを真の事後分布 p(s|o)に近づければよい。
この、認識分布を事後分布へ近似する過程、すなわ
ち(変分)ベイズ推論が「認識(recognition)」で
ある。そして、このことから、我々の認識がベイズ
の事後分布に従うことが原理的に分かる。
さて、認識 qが事後分布に近似された後は、それ
以上認識を変えても自由エネルギーを下げることが
できない。そこで、認識 qを固定し、新たな感覚デ
ータを獲得することにより、自由エネルギーをさら
に下げる。ヒトを含む動物においては、「行動」す
ることで新たな感覚データを獲得する。つまり、観
oは行動 aの関数として o(a)と表せる。たとえば、
眼球を動かす(a)ことにより、新たな視覚情報(o)
得ることが、これに対応する(図 2参照)。
(3)に、 (, ) () ( | )pso pspo sを代入して整理する
と、
()
(()|| ()) log ( | )
KL qs
FDqs ps pos
(5)
となる。式(5)の右辺第二項のみが、感覚データ o
に依存する。この項は、正確さ(accuracy)と呼ばれ、
認識(または更新された予測)と感覚の誤差(予測
誤差)を意味する。つまり、予測誤差を最小化する
データをサンプリングすることによって自由エネル
ギーを最小化する。これが、行動である。
(4)から、認識後の自由エネルギーは、KLD
ゼロとなり F =-log p(o)に最小化される。これは、
周辺尤度
() (,) () ( | )po posds p s po s ds
 (6)
の負の対数であり、感覚データ oがもたらす生成
モデルの証拠(evidence)を意味する。したがって、
行動によって正確さを上げるとは、モデルの新たな
証拠を集める行動として理解できる。そして、行動
によってモデルの証拠となる感覚データが得られた
ときにモデルの正確さが高まり、結果として自由エ
ネルギーが下がる。
Figure 2 Perception and action explained in Free energy
(F) minimization.
3.2 精度つき予測誤差
事後分布は、ベイズの定理から事前分布 p(s)と尤
度関数 p(o|s)の積により定義される。
() ( | )
(|) ()(|)
()
pspo s
ps o pspo s
po

(7)
事前分布は予測信号の分布、尤度関数は感覚信号
の分布を意味する。ここで式(7)の第二項の分母は定
数であるため、事後分布は事前分布と尤度関数の積
に比例する。
いま、事前分布 p(s)と条件付確率 p(o|s)が、それぞ
れ正規分布に従うとする。正規分布は、平均と分散
をパラメータにもつ分布である。分散の逆数は信号
の精度(precision)を意味する。したがって、事前
分布の分散の逆数は予測の精度、尤度関数の分散の
逆数は感覚の精度を表す。ベイズの定理を適用する
と、事後分布の期待値、すなわち、認識の期待値は、
事前分布の期待値と条件付確率分布の期待値をそれ
ぞれの精度で重みづけた和に比例することが分かる。
post pri pri sense sense
  
 (8)
ここで、μ、γはそれぞれ期待値と精度、添え字
post は事後分布、pri は事前分布、sense は尤度関
数をそれぞれ表す。式(8)から、精度の高い情報ソー
ス(この場合、予測信号と感覚信号のどちらか)に
事後分布の期待値(すわわち認識結果)が近づくこ
とが分かる。つまり、予測の精度が感覚の精度より
も高ければ事後分布(認識)は予測に近づき、逆に、
感覚の精度が予測のそれよりも高ければ、事後分布
は感覚に近づく(Figure 3)。
筆者らは、事後分布と尤度関数の差を期待効果と
定義し、この期待効果によって錯覚やクロスモーダ
ル知覚(感覚間交互作用)を統一的に説明できるこ
とを明らかにした。(詳細は文献を参照されたい
9)。)
Physical World Agent
Causalstate
s
Sensation
o(a)
Action
a
Brain
activity
Recognition
q(s)
Model
p(s, o)
F
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Figure 3 Bayesian estimate in perception. Higher precise
signal of prediction and sensation attracts perception.
認識は、感覚信号を得る度に事前分布から事後分
布へと更新される(ベイズ更新)。したがって、脳
は、感覚信号それ自体ではなく、精度付き予測誤差
によって更新される予測信号を認識していることが
分かる。これは、予測符号化の考え方と合致する。
(8)から、予測と近い、あるいは精度の低い感覚信
号に対しては、予測からへ認識の更新量は小さく、
逆に、精度の高い感覚信号に対しては認識を大きく
更新することが分かる。実際、予測(認識)の更新
量は、
()
pri sense
pr
sense
sense i


(9)
となり、精度によって重みづけられた予測誤差で
あらわされる。これは現代制御理論におけるカルマ
ンフィルタの更新と等価である。(精度からなる項
はカルマンゲインと呼ばれる。)このように、精度
付き予測誤差が、我々の認識を決定づけることが分
かる。
4.感情の数理モデル
4.1 構成主義
これまで論じてきたヘルムホルツの無意識的推論、
予測符号化、そして自由エネルギー原理に共通する
のは、脳は、感覚器を介して得る感覚信号自体を認
識しているのではなく、その「原因」の推論結果を
認識しているという主張である。つまり、我々は脳
が作り出した予測を見ているのであって、感覚信号
はその予測の構築のための材料に過ぎないという考
え方である。このような考え方は、古くはカントの
認識論に遡り、構成主義と呼ばれる。
同様の考えは、感情にも当てはまる。基本感情説
basic emotion)では、普遍性をもつ有限の基本感
情が存在し、特定の刺激を知覚すると生じ、固有の
表情や姿勢を表出させる自律神経活動を引き起こす
とされる。たとえば、Ekman らは、基本感情として、
幸福、怒り、悲しみ、嫌悪、驚き、恐怖の 6感情を
挙げている 10)。一方、Russell らは、感情の次元論を
提唱した 11)。これは、感情は快-不快と、覚醒-睡眠
の二軸からなる次元に配置されるとする円環モデル
である。快-不快に対応する感情価(valence)と、
覚醒度(arousal)の二軸からなる平面上の座標として
の感情は The core affect と呼ばれる 12)。次元論では、
基本感情は The core affect の解釈として捉えられてい
る。すなわち、基本感情が実体として存在するので
はなく、それらは The core affect の解釈として認識さ
れる像であるとの理解である。この考え方は、感情
の構成主義と呼ばれている。The core affect の感情価
と覚醒度の反応は、特定の脳部位(扁桃体、および
眼下前頭前野)の活性と相関が確認されている 13)
本論では、構成主義の立場を取り、感情を次元論
で捉える。以下では、The core affect 次元、すなわ
ち感情価と覚醒度が、それぞれどのように数理的に
記述できるかについて、自由エネルギーなどの情報
量を用いて議論する。
4.2 覚醒度の数理
覚醒度は、感情の強さを意味する次元である。2
章の予測符号化、および 3章の自由エネルギー原理
の議論から、我々の認識はベイズの定理における事
後分布として表せる。そして、新たな感覚データを
得る度に事後分布が更新される。あらたな感覚デー
oを観測したときに、事後分布がどれだけ更新さ
れたかは、カルバック・ライブラー情報量を用いて、
以下の式で表される。
(|)
((|)|| ()) log (|) log ()
KL pso
Dpsops pso ps (10)
(10)の右辺に注目すると、事後分布と事前分布
の対数の差を事後分布で平均した形をとっているこ
とに気づく。確率の逆数の対数(-log p)は情報量
を意味する 14)。情報量は、サプライズ(surprise)と
も呼ばれ、事象が生じた際の驚きの度合いを意味す
る。確率が低い事象が生じれば驚き、そうでなけれ
ば驚かない。したがって、式(10)右辺は、原因(認
識対象)sについて、認識前後の情報量の差を事後
の認識で平均した情報量(サプライズ)を意味する。
そのため、式(10) は、ベイジアンサプライズ
Bayesian surprise; 以下、BS と略す。)とも呼ばれ
る。これまでの研究から、BS が視覚的な注意 15)や、
覚醒度 16)を表すことが示されてきている。脳は、情
ˆ
s
uncertainprediction
Preciseprediction
ˆ
s
()ps
(|)ps o (|)po s
()ps (|)ps o (|)po s
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報処理装置であり、事後分布が更新される際の情報
量は、脳が処理する情報量に対応するのである。そ
して、その情報量は脳が新しく獲得した情報量を意
味する(その意味で、情報獲得; information gain とも
呼ばれる)。新しい情報にヒトは驚き、覚醒度の高
い感情を生じるのである。逆に、予想通りの感覚デ
ータからは獲得する情報量がなく、その結果として
驚かない(つまり、低い覚醒度となる)。
BS は、予測誤差、および予測と感覚の精度の関
数として表せる 16)。予測の精度が高いほど、予測誤
差に対する BS の感度が大きくなる。また、予測誤
差がゼロであっても、予測の精度が低いほど BS
大きくなる。その結果、予測誤差が大きい場合は、
この関係が逆転し、予測の精度が高いほど BS が大
きくなる(Figure 4)。この予測の精度による逆転現象
は、精度付き予測誤差が、驚きや覚醒度を表すこと
を意味する。つまり、覚醒度は、予測と感覚の期待
値の差だけではなく、予測の精度に影響を受ける。
Figure 4 Information gain (arousal) as a function of pre-
diction error under different level of uncertainties. 16)
同じ感覚データを繰り返し提示した場合、ベイズ
の定理から BS は減衰してゆく。BS の減衰は、刺激
対する驚きや覚醒度の減衰を意味する。このことか
ら、筆者らは、ベイズ更新における BS の減衰を、
感覚刺激に対する慣れ(habituation)の指標として
定式化し、実験的に検証している 17-19)BS の減衰の
速さ、すなわち慣れやすさは、初期の予測誤差と初
期の予測の精度によって説明できる。初期の予測誤
差がゼロまたは小さいときは、初期の予測の精度が
低い方が早く慣れる。一方、初期の予測誤差が大き
いときは、初期の予測の精度が高い方が早く慣れる
(Figure 5)。このように、BS を覚醒度の指標として用
いると、刺激に対する慣れをも数理的にモデル化で
き、慣れやすさについても、予測誤差と精度により
予測することが可能になる。
Figure 5 Information gain attenuation explains habituation
to repeated exposures of novel stimuli. Speed of habitua-
tions depends on initial prediction errors and uncertainty.
Upper figure is smaller initial prediction error than lower
figure. 19)
さて、BS は自由エネルギーとどのような関係にあ
るのだろうか。認識 qが事後分布に近似され、
() ( | )qs ps oと見なせるとき、自由ネルギーの式(5)
は下式となる。
(|)
((|)|| ()) log (|)
KL pso
FD pso ps pos
(11)
(11)と式(10)の左辺と比較すれば、右辺第一項は
BS と同じである。したがって、自由エネルギーは、
BS を項として含み、BS が大きければ、自由エネル
ギーも大きいことが分かる。つまり、驚きや覚醒度
が大きい刺激は大きな自由エネルギーをもたらす。
しかし、BS が情報として獲得され(処理され)、
事前分布が事後分布にベイズ更新されれば、増加し
BS 分だけ自由エネルギーは減少する。つまり、
BS は、自由エネルギーの変化量を意味する。そし
て、自由エネルギーの増減は、次に説明する様に、
感情価と対応する。
0 0.5 1 1.5
Predict ion error
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
0.2
0.4
0.6
0.8
1
Information g ain
Uncertain ty
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4.3 感情価の数理
valence)は、快-不快を極に持つ感情次
元である。式(11)から、最小化された自由エネルギ
ーは、驚き(覚醒度)を意味する BS と生成モデル
の不正確さ(inverse accuracy)の和であることが分
かった。ここで、生成モデルが不正確(inaccurate
であるとは、感覚データがモデルに対して十分な証
拠を与えていないという意味である。予測不可能な
驚きがあり、かつ自身のモデルに対する証拠が不十
分な状態は、総じて不確実であると言える。したが
って、自由エネルギーの減少は、不確かな状態から
より確かな状態への変化を意味する。このような不
確実性(uncertainty)の減少は、安心などの快の感
情をもたらすであろう。一方、自由エネルギーの増
加は、不確実な状態への遷移を意味し、不安などの
不快な感情をもたらすであろう。
このような文脈において、自由エネルギーの時間
変化が感情を説明する。Joffly & Coricelli は、自由エ
ネルギーを時間の関数としたときの時間微分
F
二階微分
F
 の符号の組合せによって、感情を表1
に示す様に分類している 20)。このように、自由エ
ネルギーの変化と変化の仕方が、感情価の側面を説
明する。また、このような不確かさや精度の時間微
分の考え方にもとづいて、比較的長時間に渡って継
続するムード(mood)を定式化した研究もある 21)
Table 1 Emotions and free-energy dynamics20).
Emotion Valence
F
F

Happ
y
Positive < 0 > 0
Unhapp
y
N
e
g
ative > 0 < 0
Hopes Positive < 0 < 0
Fears
N
e
g
ative > 0 > 0
Surprise
N
eutral 0 0
Relieve
d
Positive - 0 < 0
disappointe
d
ne
g
ative +0 > 0
Notes: Combinations of sign of free-energy differentiations ex-
plain emotions.
ところで、新しさは驚きや不確かさを伴うが、不
安などのネガティブな感情だけではなく、興味や好
奇心などのポジティブな感情を引き起こすこともあ
る。心理学者 Berlyne は、新しさや複雑さなどが覚
醒度のポテンシャルを与え、適度な覚醒ポテンシャ
ルが快の感情をもたらす説を唱えている。Figure 6
に示した様に、覚醒ポテンシャルは感情価に対して
逆U字の関数をなし、適度な覚醒度は快の感情をも
たらすとしている。式(11)で表した自由エネルギー
は、新奇性による驚きとモデルの不正確さの和であ
る。モデルの不正確さは、十分な量のデータの観測
の下では、データに対する複雑さの知覚を意味する。
このことから、式(11)は、新奇性と複雑さの和と解
釈でき、Berlyne が挙げた覚醒ポテンシャルの因子に
対応する。したがって、筆者は、式(11)で表す自由
エネルギーが観測 oに対する覚醒度を説明すると考
えている。この考えに立てば、Fig. 6 の横軸は式(11)
の自由エネルギーに対応する。そして、適度な自由
エネルギーが快をもたらすと言える 22)
このように、単に自由エネルギーの増減だけでな
く、その状態量によっても感情価が変化すると考え
られる。
Figure 6 Arousal potential of hedonic response(valence).
Appropriate level of arousal elicits positive valence. 22)
5.おわりに
本稿では、感性の数理モデリングについて、数学
的原理にもとづく最新の方法と研究事例を紹介した。
ヒトの知覚、行動、感情を統一的に説明しうる原理
として自由エネルギー原理を解説し、これにもとづ
く数理モデリングの研究を概観した。本稿で議論し
たように、この原理の基本にある考え方は、カント
の認識論やヘルムホルツの無意識的推論まで遡る。
自由エネルギーはヘルムホルツが提唱した熱力学上
の概念であり、この数理がヒトの感性を説明しうる
点が興味深い。物理と心理の原理は、共通した数理
によって説明されうるのである。このような原理を
公理とした演繹から導出される法則群は、メカニズ
ムの理解と外挿を可能にし、蓄積可能な科学と工学
を発展させる。17 世紀の科学革命は、ニュートンが
著したプリンキピア(自然哲学の数学的原理)を生
み出し、古典力学の樹立とそれを基盤とした工学を
急速に発展させた 2)。感性や心理においては、まさ
に、科学革命の最中にあるといえよう。今後、感性
の数学原理の確立と、その演繹による法則群の導出
Arousal potential
Novel, complex
unexpected
Familiar, simple
expected
Positive
Negative
Hedonic response
Wundt curve
Collative variables
DRAFT 設計工学 Vol. 57, No.2(2022 2 月)
から、それらを応用した新たな工学、そして新たな
感性設計へと発展することが期待される。
謝辞
本稿で紹介した研究成果の一部は,JSPS 科研費
21H03528, 不確かさの変化にもとづく感情次元の
数理モデル開発と逆問題への応用)により助成を受
けたものである.
参考文献
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Emotion Engineering, Springer(2011)289-310
2) 柳澤秀吉:感性のプリンキピアを目指して
知覚の相対論とその数理,日本機械学会誌,
1221208(2019)
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(2つのアプローチ),設計工学,539(2018)
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倫佳:製品音の感性設計における和音性特徴量
の効果 (クリーナの定常音を事例として),日本
機械学会論文集 C 編,78787(2012)
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Article
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Appropriate levels of arousal potential induce hedonic responses (i.e., emotional valence). However, the relationship between arousal potential and its factors (e.g., novelty, complexity, and uncertainty) have not been formalized. This paper proposes a mathematical model that explains emotional arousal using minimized free energy to represent information content processed in the brain after sensory stimuli are perceived and recognized (i.e., sensory surprisal). This work mathematically demonstrates that sensory surprisal represents the summation of information from novelty and uncertainty, and that the uncertainty converges to perceived complexity with sufficient sampling from a stimulus source. Novelty, uncertainty, and complexity all act as collative properties that form arousal potential. Analysis using a Gaussian generative model shows that the free energy is formed as a quadratic function of prediction errors based on the difference between prior expectation and peak of likelihood. The model predicts two interaction effects on free energy: that between prediction error and prior uncertainty (i.e., prior variance) and that between prediction error and sensory variance. A discussion on the potential of free energy as a mathematical principle is presented to explain emotion initiators. The model provides a general mathematical framework for understanding and predicting the emotions caused by novelty, uncertainty, and complexity. The mathematical model of arousal can help predict acceptable novelty and complexity based on a target population under different uncertainty levels mitigated by prior knowledge and experience.
Article
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Abstract: Prior expectation affects posterior perceptual experience. This contextual bias is called expectation effect. Previous studies have observed two different patterns of expectation effect: contrast and assimilation. Contrast magnifies the perceived incongruity, and assimilation diminishes the incongruity. This study proposes a computational model that explains the conditions of contrast and assimilation based on neural coding principles. This model proposed that prediction error, uncertainty, and external noise affected the expectation effect. Computer simulations with the model show that the pattern of expectation effect shifted from assimilation to contrast as the prediction error increased, uncertainty decreased the extent of the expectation effect, and external noise increased the assimilation. We conducted an experiment on the size–weight illusion (SWI) as a case of the cross-modal expectation effect and discussed correspondence with the simulation. We discovered conditions where the participants perceived bigger object to be heavier than smaller one, which contradicts to conventional SWI. Practical applications: Expectation effect in sensory perception represents a perceptual bias caused by prior expectation, such as illusions and cross-modality. The computational model proposed in this study guides researchers and practitioners who investigate this bias in sensory studies to set a hypothesis with appropriate experimental factors. For example, the model suggests that prediction error can be used as a main factor to identify a condition at which assimilation switches over to contrast. The model provided how expectation uncertainty and noise of stimulus affect the switchover point of prediction error and extent of expectation effect. Uncertainty, which may differ from person to person, can be used as a factor to explain personal differences in the extent of expectation effect.
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