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福祉機器評価プロセスと当事者を巻き込んだコミュニケーション
の実践分析
安岡 美佳*1 阿久津 靖子*2
Analysis on Assessment Process of Welfare Technologies and Effects on Stakeholder
Involvements on Assessments
Mika Yasuoka*1 and Yasuko Akutsu *2
Abstract - As aging population grows, welfare technology (WT) has been attracted more attentions as one of
the solutions to the welfare resource shortages. However, at present, WT has not necessarily implemented widely
in the welfare fields in Japan. Reasons for hindering the WT introduction to the society include the absence of
assessment standards and the lack of social implementation process models. So, how is WT evaluated and
implemented in organizations and homes where have promoted WT successfully? Based on the investigation on
WT assessment methods and processes of seven successful organizations, the research extracted three key
categories with seven aspects, which indicates importance of stakeholder involvements and concepts of autonomy.
The strong autonomy fostered through the use of WT indicates an emerging opportunity to amplify care quality
with limited physical contacts. These critical aspects of WT assessments contribute to design communication
under the new normal.
Keywords :
We lf ar e Tec hn ol o gy ( WT ), A ut on om y, As se ss me n t, As se s sm en t me th od s , A ss es s me nt p ro ce ss .
1.
はじめに
介護福祉の現場では,被介護者の増加と,それ
に伴う人手不足が問題になっているが,人手不足
の解消にむけては,福祉機器(Welfare Technology,
以降 WT)の導入可能性に注目があつまっている.
WT の利活用が広がればケアの質を維持しつつも
人の介助の接触減少につなげられる可能性が増す
と考えられ,近年の COVID−19 の社会情勢を受け
た配慮すべき事柄の増加を鑑みると,ニューノー
マルの社会状況下における WT の利活用の必要性
は今後さらに高まっていくだろう.
介護福祉に活用可能な機器や WT は,大型から
小型機器まで多くが提案・開発されている.セン
サーや GPS,リマインダなどを備えた機器[1]や,
コミュニケーション支援,生活の質向上支援,移
乗支援,移動支援,排泄支援,見守り支援,入浴
支援,機能訓練支援,服薬支援,認知症セラピー
支援,食事支援,口腔ケア支援,介護業務支援な
どがある.日本では,特に,機能低下した人の日
常生活支援や機能訓練機器,介護負担軽減のため
のWT[2]に注目が集まり,開発や導入の模索が進
められている.
では,そのように期待されている WT の利用状
況はどのようなものであるのか.厚生労働省・老
人保健健康増進など補助事業の一環として実施さ
れた公益財団法人テクノエイド協会の調査・報告
によると,現状 WT の開発はかならずしも,現場
への導入につながっているとは言い難いことがわ
かる[2].導入を妨げる理由は様々だ.たとえば,
施設側から見た導入を妨げる理由としては,多々
あるシステムの中からどのように比較検討し選択
したらいいのかわからない,本当に必要なのかわ
からない,介護者や入居者側のニーズがわからな
いなどが原因としてあげられる.また介護士や入
居者側にとっては,どのような支援機器があるの
かわからないといったような問題から,テクノロ
ジ利用への心理的な抵抗要因,人手で行なった方
が手軽で簡単といった使い勝手や成熟度に関する
要因が挙げられる.さらに,報告書では,「安全性
や有効性の根拠を検証する手法が十分に確率され
て」ないことが報告されており,WT には,公的
に認められている評価指標が存在せず,WT を現
場に導入する際の社会実装プロセスも未定義であ
るなどの点が課題となっていることがわかる.評
価指標の不在や実装プロセスの未定義は,中立
的・総合的な判断が下しにくいということにも繋
がる.結果として,WT 導入判断が属人的になり
がちだったり,現場が必要性を感じていても,組
織の承認を受けにくいなどの障害にもなりうる.
現状,公にされている評価指標軸としては,テク
*1: ロスキレ大学 コンピュータサイエンス
*2: 株式会社 MT ヘルスケアデザイン研究所
*1: Roskilde University, Department of Peoples and Technology
*2: MT Healthcare Design
ノエイド協会(公益財団法人テクノエイド協会
2016)が示す安全性と有効性があるが,利用度は不
明である.また,個々の組織が個別に評価してい
る現状も報告されている.
このような WT の社会実装に向けた課題に対し,
本研究では,WT の導入が進む場では,どのよう
に評価されているのか,評価指標はどのようなも
のか,またどのようなプロセスを経て導入に繋が
っているのかを明らかにすることを目的とする.
具体的には,世界的にも WT の導入がいち早く進
む国の一つであるデンマークを対象とし,デンマ
ークの福祉現場における WT の導入に際し,どの
ように WT のアセスメントが行われ,さらに現場
である福祉施設で,どのように社会実装が進めら
れているのかを,インタビューやフィールド調査
を元に明らかにする.現場での利用につながる
WT 評価や実装プロセスの枠組みを明らかにし,
評価指標につなげることで,現在開発段階にある
WT や社会実装が考えられている WT が,より社
会で活躍する可能性を高めることに繋がると考え
る.
本稿の構成は次のようになっている.まず,2
章で現在のデンマークにおける WT 社会実装状況
についてまとめる.次に,3章でデンマークの調
査対象7組織における WT の評価・社会実装プロ
セスについて述べ,4章で比較分析を行う.その
のち、分析,考察およびまとめとする.
2.
デンマークにおける
WT
の社会実装状況
デンマークでは,2020 年9月現在,自治体連合
が15 種類の WT を定義し[3],97 自治体全てが福
祉機器の導入を実施している.2014 年に始動した
WT マッププロジェクトは,どのような WT がど
の導入段階にあるかを可視化して見せるもので
(図1:WT マップ参照),WT マップを参照するこ
とでどの自治体がどのような WT をどのような現
場に導入しているか,導入ステージ,担当者のコ
メントや連絡先などの導入事例が一覧可能だ.こ
のマップを通じて,自治体の枠を超えた協力体制
の構築や経験・知見の共有機会を提供している.
さらに,自治体連合は,自治体主催のセミナーや
WT 会議,WT 利用にまつわるスキル向上のため
のプログラムの提供,関連ツールやレポートなど
の提供を,過去 5年間に実施している.
図1 WT マップ
Fig.1 Danish Welfare Technology Map
協力体制は,自治体間および自治体・WT 開発
企業間にも見られ産官連携体制が整えられている.
導入に成功した自治体の 53%が「民間との協力体
制がとても上手く行っていた」と答え,30%が「そ
れなりにうまくいった」と答えている[4]など,開
発主体である民間と導入組織である自治体が密接
に協力しあったことが成功につながったとの見方
を示している.
機能訓練支援,コミュニケーション支援,移動
支援,予防支援に焦点が当てられた 2019 年の全自
治体を対象とした調査[4]では,同年に 1,400 の関
連プロジェクトが実施されたことが報告された.
例えば、機能訓練支援機器としては,アプリやウ
ェブソフト,VR ソフトなどが提供され,近年の
目覚ましい利用拡大が報告されている.利用拡大
には,2017 年に施行されたサービス令(Servicelov),
健康令(Sundhedslov)が大きく影響しており,本カ
テゴリーでは,前年度よりも 15%増の 60%が試験
的プロジェクトの実施を報告している.特に注目
されるのは,50%の自治体が,機器は利用者を訴
求して利用を推進することに成功していると報告
し,48%の自治体が,利用者は自主的に利用して
いると報告している点である.簡便なビデオ会議
システムに代表されるコミュニケーション支援
WT は,20 自治体がすでに導入済み,38 自治体が
実証もしくは導入中である.セラピーが最も一般
的な利用目的であるが運動支援や投薬支援なども
おこなわれ,自宅や介護施設での利用が中心とな
っている.利用者・介護士の両者から見た利用評
価では,ともに満足度が高い結果となっている.
移動支援,移乗支援,衛生支援なども,この 2
年間で大幅に利用が高まっている分野である.た
とえば,マットレスセンサーやベッドに付随する
移動支援 WT 機器は,28%2018 年から 40%に急
増し,排泄や入浴などの衛生支援機器は,47%(同)
から 63%と増加した.予防医療の枠組みとなるモ
チベーションテクノロジやセルフモニタリングを
助ける WT は,順調な拡大が見られ,全体で約30%
ほどの自治体の利用が報告されている.
多くの WT の利用が現実になると同時に,社会
ではセキュリティやプライバシー,データの利用
に係る議論が展開され,その結果,WT 周りで施
行される複数の法整備が進む.さらに,社会整備
も進み,2019 年には情報提供や社会全体に周知を
しつつ議論を醸成するために評議会
1
がたちあげ
られた.そのほか,テクノロジーフェスティバル
2
の実施やテクノロジに対する社会的責任を宣言す
るなど,副次的な試みも進められている.
各種報告には,全国的な投資額や導入台数など
の報告はないものの,これらの報告書から,デン
マークでは,法律の制定などが行われていること,
予算が配分されていること、WT の社会実装が進
んでいることがわかる.しかしながら,社会実装
の進む国の一つとして,どのように WT が評価さ
れ,組織に導入されているかという具体的な点は,
言及されていない.
3.
調査方法
本研究では,WT の導入が進んでいるデンマー
クでは,どのように WT のアセスメントが行われ,
またどのようなプロセスを経て現場への WT の
導入に繋がっているのかを明らかにすることを目
的とする.
3.1
調査概要
調査方法として,WT の導入を行う組織を抽出
し,WT の導入担当を行なう担当者へのインタビ
ューを実施した.インタビューは,インデプスイ
ンタビュー[5]を採用し,中心となる3つの質問群
に紐付けて深掘りをする方法をとった.インタビ
ューは,2020 年上半期にオンラインもしくは対面
で1時間から最長で2時間実施し,インタビュー
を実施しながら具体的な事例の紹介や対象となっ
ている WT,利用している物理的な評価ツールや
デジタルツールを示してもらった.インタビュー
は許可を取りボイスレコーダを用いて録音をし,
インタビュー中に示された評価に用いている指標
1
https://www.djoef.dk/tema/teckdk-kommission.aspx
2
https://techfestival.co/
やエクセルファイルや各種ツール群は,入手でき
るものは入手し,困難なものは電子的な記録をと
ることとした.発話データは,インタビュー後に
録音されたものをテキストで書き起こしをするこ
ととした.
3.2
対象組織
インタビューの対象としたのは,3つの地方自
治体,2カ所の地方自治体に併設されるヘルスケ
ア分野の支援を専門的に行う独立行政法人,1箇
所の福祉機器の評価を行う研究機関,ヘルスケア
コンサルティング企業の合計7カ所である.地方
自治体は首都コペンハーゲンと WT に力を入れて
いる中規模自治体および小規模の2自治体,独立
行政2法人の合計5箇所選択した.研究機関とコ
ンサルティング企業は,現場と密接に関わり多く
のケースで評価を実施している組織を各1箇所ず
つ選択した.それらインタビュー対象組織を表1
にまとめる.
表1 インタビュー対象組織
Tab le 1 A list of c ontacte d organizat ions.
ID
団体名
役割
形式
時間
1
コペンハー
ゲン市
地方自治体
対面
2
2
オールボー
市
地方自治体
対面
2
3
ヴィボー市
地方自治体
オン
ライ
ン
1.5
4
スキーべ市
ヘルスケア
センター
福祉支援法
人
オン
ライ
ン
1.5
5
WT センタ
ー(オール
ボー市)
福祉支援法
人
オン
ライ
ン
1
6
オールボー
大学
福祉機器の
研究機関
対面
2
7
コンサルテ
ィング P
WT の導入支
援
対面
2
3.3
インタビュー項目
インデプスインタビューの項目は大きく分けて
3つとした.一つは,評価基準や評価指標につい
てである.たとえば,「今,福祉機器を採用するの
に何らかの評価基準や指標をもっていますか?持
っているとしたらそれはどのようなものです
か?」という質問である.二つ目は,評価基準や
指標以外の WT の評価手段についてである.たと
えば,「福祉機器の評価指標以外に福祉機器を選択
または導入する基準やプロセスはありますか?ど
のようなプロセスで福祉機器を選択しますか?」
といった質問である.三つ目は,福祉機器の導入
目的である.たとえば,「WT の評価の目的はなん
ですか?なぜそのツールをつかうのですか?」と
いった質問である.3つ目の質問項目は,福祉機
器の評価指標との整合性をみるための質問である.
4.
結果
インタビューを実施した7つの組織からの回答の
概略を図2に示す.評価指標に関しては,インタ
ビューを実施した7つの組織のうち2つの組織,
オールボー市とスキーべ市ヘルスケアセンター以
外は,何らかの定型の評価指標を持っていた.研
究機関であるオールボー大学は,一般的に,遠隔
医療評価指標として EU で活用されている MAST
評価指標[6]を用いて,現場との協働により評価を
行なっていた.コペンハーゲン市,ヴィボー市,
WT センターは,独自に作成した評価メソッドを
用いて WT 評価をおこなっていた.オールボー市
とスキーべ市ヘルスケアセンターは,特に決まっ
た評価メソッドや指標はもっていないと回答した
が,代わりに,ワークショップやリビングラボ[7]
といった方法を活用し,支援対象者や介護士など
と共に WT を評価するためのワークショップの機
会や 3ヶ月から 2年間程度の長期のリビングラボ
を実施している.そしてそれらのワークショップ
やリビングラボは,一定の評価プロセスの型や基
準を持っていた。
4.1
各評価メソッドの特徴
次に使われていた各評価メソッドの概要と特徴
を示す.ここでは,EU の遠隔医療評価指標とし
てEU で活用されている MAST 評価指標[6],お
よび,インタビューから導出された各組織が独自
に開発した評価メソッドについて述べる.
MAST:Model for Assessment of telemedicine の略
でMAST (マスト)モデルと呼称される.遠隔医療
アプリケーションが医療環境に適しているかを評
価する「遠隔医療アプリケーション評価モデル」
であり,導入の決定権者 (病院やヘルスケア関連
組織や自治体など)に必要な評価基準に関する指
針を提供するフレームワークである.それ以前に
20 年間に渡って用いられてきた医療分野の技術
評価モデル「EUnetHTA コアモデル」をベースに,
遠隔利用機器評価に特化した共通モデルとして
EU 研究者によって 2010 年に提案された.現在,
デンマークおよび,欧州では,遠隔医療の評価の
標準として用いられ,病院や医療関係者,医療福
祉組織経営に携わる意思決定者が,導入効果のた
めの説明根拠,意思決定の基準として用いている.
表2 インタビューから抽出した質問結果
Tab le 2 Interview results.
ID
評価方法
目的
評価指
標
ツール
1
VT-CV
Tek Mat ch
市民の自律に役立つ
か, 介護士の労力軽
減ができるかどうか.
2
特にな
し
パイロッ
ト実験,
リビング
ラボ
市民の自立した生活
をたすけ QoL を高め
る,介護士たちの労働
環境,コスト削減.ま
た機器の安定性,信頼
性.
3
Spring
Board
ワークシ
ョップ
市民に役立つか,病院
や介護施設に役立つ
か,介護士に役立つか
4
特にな
し
MAST
MAST で定義されて
いる7項目をベース
に,および患者の受容
度などのオリジナル
視点
5
CFV
ワークシ
ョップ,
リビング
ラボ
市民にとって何が重
要なのか,介護士にと
って何が役立つのか
(労働時間の削減につ
ながったか),自治体
にとってどんな経済
的メリットがあるか.
医療に関わる場合に
は自治体のクオリテ
ィコントロールと協
力する.
6
MAST
ワークシ
ョップ,
リビング
ラボ
MAST で定義されて
いる7項目*を使って
評価する.
7
独自メ
ソッド
ワークシ
ョップ,
リビング
ラボ
リビングラボの第一
段階で定義した目的
に従う.
*対象者の健康状態,安全性,利用効果,患者視点,経
済的視点,組織的観点,社会文化的・法的観点[6]
VT-CV:コペンハーゲン市が独自に作成した「福
祉機器の履歴書」と名付けられた評価指標である.
図2に示されるようにテンプレートにテクノロジ
のリストが記載されており,対象となっている市
民の名前とテクノロジ利用の履歴が記録されてい
る.コペンハーゲン市では,この記録をもとに市
の担当職員と担当介護士,対象市民が三者ミーテ
ィングを行い,WT を選択していく.利用状況は
特定のテンプレートに沿って介護士によって記録
され,利用効果があるかどうかの判断が下される.
数週間の実証後,あらためて対象市民と介護士に
よる評価が行われ,購入が決定される.
図2 VT-CV のテンプレート
Fig.1 An example of VT-CV
テックマッチ
:コペンハーゲン市が大学と協働で
作成したテクノロジマッチングのためのボードゲ
ーム形式の評価の枠組みである.対象市民と介護
士,コペンハーゲン市の担当職員が参加する.ゲ
ームを実施することを通して実際に個々の市民に
どのような WT を利用してもらうかを導出するデ
ザインゲーム[8, 9]の一つである.WT をもとめる市
民と短時間のボードゲームを実施し,実施中にで
てきた議論から,より当人に適切な WT が抽出さ
れる.
Spring Board (
スプリングボード
)
:
ヴィボー市が
用いる WT 評価ツールである.第一段階として市
の担当官が中心となり,戦略的にいくつかの WT
を選択する.次にスプリングボード手法を用いた
ワークショップの参加者を選定する.選定には時
間をかけ,時には,数週間から数ヶ月かけて病院,
介護士,ケアセンターなどの関連各所とダイアロ
ーグを続け,評価にあたる担当官を選定する.そ
の後,選ばれた担当官と市の担当職員が集い,1.5
から 2時間の WT 評価ワークショップが行われる.
ワークショップは,議論の取りまとめ,次のステ
ップ(トライアルの実施,現場実装,中止)の合意
を経て終了する.議論内容や合意された次のステ
ップはレポートとしてまとめられ,関連各所に共
有される.
CFV:オールボー市の福祉機器センターが独自に
開発した WT 評価ツールである.オールボー市は,
WT 利用の先進エリアとして認知されていること
も手伝い,多くの WT が売り込まれてくる.持ち
込まれた WT の場合,第一段階として,提出元の
WT 開発企業に「メリットシート」の提出を依頼
する.メリットシートは,なぜその WT が市民・
介護士・福祉機関に役立つのかを,開発者の視点
から記載するものである.その後,複数企業およ
び自治体職員,看護師,医師,対象市民とその家
族が参加する半日のピッチセッションが開催され
る.このピッチセッションは,一件につき,WT
持ち込み企業のピッチと全体参加者との議論の計
40 分ほどで構成される.このセッションの結果,
リビングラボ形式を用いたパイロットプロジェク
ト実施の有無が決定される.現場での実証,つま
りリビングラボが実施されることになれば,どこ
で,誰に対し,どのぐらいの長さで実施されるの
か議論する.リビングラボによるパイロットプロ
ジェクトの成果にもよるが,最終的に一部の組織
で実験的に導入された WT をスケールアップする
可能性を考察する.
イノベーションラボ
:P社の独自の評価方法で,
WT の評価・介護組織での効果測定・介護現場へ
の導入の体系的な手法である.イノベーションラ
ボ方法論は,3つのリビングラボ(コアラボ ・ト
ラスティットユーザーラボ・スケールラボ)で構
成される.それぞれのラボで必要とされる参加者
は異なるが,ざっくり市民,従業員,組織の3者
に括ることができ,それぞれのラボにおいて,開
発WT の利用者として,また,導入判断を下す裁
量者として,総合的な価値から評価を行う.
5.
分析
データ収集されたインタビューデータや外在
化された評価指標やプロセス・ツールを用いて,
分析を行った.具体的には,インタビューデータ
から,それぞれの評価指標の特徴を抽出し,KJ
法を使って分析した.
まず,評価項目としては,大きく分けて3つが
導出された.一つは,組織的観点からの評価,2
つめに介護者的観点からの評価,3つ目に利用者
的観点からの評価である.この枠組みからはずれ
た前提条件として,工学的安全性や機器としての
成熟度がある(CE マークが取得されていることな
ど)が,事例においては前提条件として言及されな
かったため,特に重視されている3つの評価項目
のみを分析対象とした.
組織的観点からの評価としては,費用対効果な
どが挙げられる.介護者的観点としては,介護業
務の軽減につながること,既存の業務プロセスへ
の影響の度合いが挙げられる.利用者的観点は,
生活の質を上げること,プライバシーの確保など
が挙げられる.
次に,WT の評価にあたって重視されている 7
つの特徴を導出し,そこから次の3つのカテゴリ
に大別した.7つの特徴と3つのカテゴリは次の
ようになっている.
指標の活用は不可欠である
• 機器の比較検討が不可欠である
• ローカル視点が不可欠である
多様な関係者の巻き込みは不可欠である
• 多くの関係者の参加が不可欠である
• 評価の前提として現場のニーズ理解は不
可欠である
• 組織文化を理解し,ときに変革すること
が不可欠である
長期視点をもつことが不可欠である
• WT は長期的に日常生活に組み込まれる
ことが不可欠である
• WT は市民の自律を促すものであること
が不可欠である
次に、7つの特徴と3つのカテゴリについて詳
しく説明する。
5.1
指標の活用は不可欠である
EU の公的な評価指標である MAST は,本来,
遠隔医療用の評価指標として開発されたものであ
る.本調査対象組織では,評価者に大学研究者な
どがいる場合に,より説明可能性,妥当性の高い
評価指標ということで MAST が活用されていた.
EU の標準ということで,「説明責任」がとりやす
いという利点があるが,現場からは「評価項目が
多岐にわたる」「利用の仕方がむずかしい」という
ことで敬遠される傾向にあり,MAST 活用組織は
七組織中二組織のみであった.ここから,EU 標
準の MAST という評価指標は,現場においては,
福祉機器の評価に活用するには,少々複雑すぎる,
かつ実施側の重荷になる方法だと認識されている
ことが明らかになった.
公的に承認されている指標の評価項目を援用
するケースがある一方で,現場のニーズに合わせ
た簡略体や現場のニーズに合わせたオリジナルの
評価項目やツールが開発されるというケースが見
られた.例えば,基本事項をシステム開発者に事
前に埋めてもらい提出してもらうテンプレート
(WTA)や,介護士が定期的に書き込む5段階評価
シート(コペンハーゲン市),ルールに沿ってゲー
ムを実施することで WT 評価ができるデザインゲ
ーム(コペンハーゲン市),計画ツール・プロセス
ツール・要約ツール・レポートツールなどのラボ
のプロセスに合わせて使われるテンプレート群(P
社)など,評価主体が異なってもある程度同じ視点
から分析評価できるように,定式化・テンプレー
ト化されているケースが多々見られた.
多数組織が独自に指標を開発し利用している
ことから,何らかの評価指標は,WT の導入に際
し必要であると考えられていることがわかる.同
時に,公的指標または社会的に受容されている指
標はなく,独自で開発された評価指標が,それぞ
れの現場において妥当性をもって受容されている
ことが明らかになった.
利用が公的な評価指標であれ,ローカル指標で
あれ,本調査対象組織では,すべての組織が指標
の必要性を認識し,なんらかの指標を活用してい
た.複数の候補となる WT を比較検討するツール
の構築(コペンハーゲン市),複数の WT を集めワ
ークショップを行う(WTC)など,一つの WT を360
度評価するというよりは,いくつかを見比べて比
較検討する方法をとっているケースも見られた.
ここから指標の活用は不可欠であること,同時
に現状では,公的な評価指標とローカル指標が混
在していることがわかった.
5.2
多様な関係者の巻き込みが必須
今回の調査対象組織からは,EU 遠隔医療評価
指標 MAST 及びローカル指標のどの指標におい
ても,かならず,評価軸に患者(市民,時にはその
家族や親戚)・ 介護士(従業員など患者に接する
人)・組 織 の 3 者 の 視 点 か ら の 評 価 が 提 示 さ れ て い
た.市民や介護士,組織のマネージャなど意見を
持っている人を中心にエルゴノミクスやビジネス
モデルの専門家を評価に巻き込んだり(ヴィボー
市),より医療寄りの WT である場合は行政・病院
や医師などを巻き込む場合(P 社)も見られた.指標
として一般化されている場合のみでなく,ワーク
ショップやリビングラボにおける評価においても,
三者をはじめとした多様な関係者を巻き込むこと
が前提となっていた.例えば,WT 開発企業と購
入者(地方自治体)のWT 評価ワークショップでは,
患者や介護士が参加し機器の評価を実施するなど,
多様な視点から特定の項目に沿って分析・評価が
実施されることもある.
多様な関係者を招く理由としては,大きく分け
て2項目導出された.一つ目は,一般的に機器の
評価にあたり利用者を巻き込むことが重要である
と認識されているためである.時には,直接の利
用者を巻き込むことが難しい場合もある.たとえ
ば,認知症であったり精神病を患う市民だったり
する場合には,本人が意見を述べにくい場合があ
る.その時には,ニーズを汲み取るために家族・
親戚や身近にいる介護士に通訳者としての役割を
果たしてもらうこともある(コペンハーゲン市).
このようにして,幅広い関係者が集い,多視点か
ら評価をする必要がある.二つ目として,適切な
評価を実施するには,組織体制や組織における介
護プロセスを理解すること,体制やプロセスに与
える影響や変容の可能性を理解すること,組織や
働き手の WT 受容までの成熟度を鑑みることが不
可欠だからである.それらの情報は単なる推測や
文書などで理解することは難しい.関連各所へ
WT 導入を進める際の周知や導入した際に直面す
ると想定される課題などを直接話し合うことで課
題を導出することが不可欠であり(ヴィボー市),
新しい WT の導入には組織文化への配慮が必要で
あること(オールボー大学),時間・リソース・費
用を投資するには組織が課題を認識し解決策を求
め,解決にコミットすることが重要である(P 社)
ためである.
デンマークの WT 評価においては,「評価」と
一口に言っても,単に機器やサービスの安全性や
第三者的な技術評価にとどまらず,関係者の視点
からの主観的評価軸を組み込み,現場の展開導入
プロセスの見込みを模索するといったことが「評
価」に埋め込まれている点が特徴的である.
日本の多くの WT 機器の評価は,技術評価視点
であり,現場ニーズの視点で評価されることは限
られている.デンマークでの WT の評価は,先ず
現場の課題に対する解決策や介護プロセスのある
べき姿を想定し,技術評価項目として落とし込ん
でいる点が大きく異なる.複数のWT を比較検討
し,その上で臨床効果・経済的効果・組織的視点
などから将来的な需要可能性・現存の介護プロセ
スへの統合可能性を導出し,評価の枠組みの重要
な項目として組み込んでいるといえる.これを達
成するために,評価や導入プロセスに多様な関係
者の関わりは不可欠である.
5.3
長期視点を持つことが不可欠である
調査における WT の評価において,導入段階ま
でではなく,「日常生活に根付く」までの長期的視
点で評価指標が構築されている.これは,システ
ムライフサイクルの話ではなく,技術の受容,1
部門から組織全体へ,1都市から複数都市へのス
ケールアップ,また,技術の組織的受容,個人の
心理的受容についての考察に基づく評価指標だと
いえる.介護業務プロセスの変容と技術導入は絡
まり合って進展・変化するものであり,まずは介
護士の受容があり介護士がサポートしている市民
が受容するというようなプロセスが,新しい WT
導入においては必ず見られる(コペンハーゲン市).
一部の組織で実験的に導入された WT は,組織文
化の違いから別の場所では簡単には導入できるこ
とは非常に珍しい(コペンハーゲン市)ため,スケ
ールアップの可能性は,長期的な研修や教育プロ
グラムの導入やベストプラクティスの共有を通し,
地道にローカライズを進めながら他組織に広げて
いくことが求められる(WTA).初めはコミュニケ
ーションタイプの WT に全く反応しなかった認知
症入居者が1ヶ月後に WT に反応を示すようにな
ったなどの例もある(オールボー大学)ため,短期
での判断は避けるべきである.
WT を評価する目的としては,一般的に,「機器
の導入の可否を判断し予算をつけるため」と説明
される.しかしながら,本研究で実施したインタ
ビューからは,その背景にある福祉機器を導入す
る本質的な目的が導出された.それは,短期的に
は難しくても長期的に見た場合「市民(被介護者)
が自律して暮らす」ためという視点である.
⾜を悪くして歩くのが困難な⼈のことを考えてみ
よう.彼らは,補助杖を使うことで,また歩ける
ようになる.我々が考える WT とは,単なる福祉
のための道具ではなく,⼈と相互補完をする技術
(Compensating technology)である.つまり,ある
⾝体能⼒が低下してしまったとしよう,その低下
した機能を WT を使うことで拡張し,再び元のよ
うに⾝体をつかえることがある.⾃分たちは,そ
んな技術を WT と考えている.例えば,⾮常に単
純な例だが,⽂字を簡単に拡⼤することができる
アプリや,ロボット掃除機などを考えて欲しい.
ずっと使い続けることができ,⽇常⽣活に組み込
まれることで,毎⽇の⽣活の助けになる⽣活の⼀
部になりうる機器だ.それが我々が考える WT だ
(コペンハーゲン市)
ここでいう「自律」とは,自分で建てた規範に則
り行動するということであり,自分の意思(掃除を
したい,など)を重視する.他人の助けなく一人で
物事を行うという「自立」は外面的な視点である
一方で,自律は内面的な意思を伴う考えである.
当事者を巻き込んだ WT の評価や検討は,利用者
の要求を充足させるだけでなく,長期的な観点を
もって WT 利用を促すことで,WT を介在するこ
とで本人がなりたい自分になることを促すために
行われるものと定義できる.
6.
考察
本研究で実施した七組織を対象とした調査で
は,標準化された WT の評価指標は必要であると
認識されていることがわかった.その一方で,今
WT に広く使われている標準や公的に認められて
いる指標はないため,それぞれの組織が経験則を
元に軸を作り出し,独自で評価している現状があ
る.
WT の評価という言葉からは,技術的な安全性
や機能の成熟度などの条項が並ぶと考えがちであ
る.しかしながら,導入が進むデンマークでは,
それら項目と同列の WT の評価という枠組みに,
組織的観点,介護者の視点,介護プロセス変容の
視点,個人の受容性の観点がともに織り込まれて
いることがわかった.技術的観点・組織的観点・
個人的観点が適切に評価されるためには,多様な
関係者があつまり,議論をすることが不可欠であ
るという認識から,評価には多様性を確保した対
話が必ず包含されている.システマティックにメ
ソッドにいれこんでいるか,メソッドがない場合
でも,ワークショップやリビングラボを実施し,
同様の項目から評価アセスメントをしている.
福祉機器の導入目的は,前提としての WT の安
全性があり,その上で大きく分けて利用者(倫理的
観点,生活の質の観点,受容の成熟度の観点)のた
め,介護者のため(負担軽減,プロセス変容への対
応),組織のため(費用対効果)である.それが明確
に比較できる指標が模索され定型化され用いられ
ていることがわかった.
7.
まとめ
本稿では,WT の導入が進む場では,どのよう
にWT が評価され導入に繋がっているのか明らか
にすることを目的として,実際に導入がすすむデ
ンマークの7組織を対象とし,WT 評価項目及び
導入プロセスを明らかにした.本事例では,研究
者が関わる WT 評価では,EU で一般的に承認さ
れている MAST 指標の評価項目を援用すること
が行われていたものの,現場では,現場のニーズ
に合わせた簡略体やオリジナルの評価指標やツー
ルが開発されるというケースが見られた.
興味深いのは,評価指標が明確に共有されてい
なかったとしても,組織独自のルールに則った
WT の評価・社会実装プロセスは実施され,どの
評価軸やプロセスにおいても当事者の巻き込みが
組み込まれていたことである.WT の評価・社会
実装プロセスの検証では,当事者を巻き込んだ検
討の重要性が導出されたといえる.
さらに,インタビューデータからは,当事者を
含めた関連各所の巻き込みにおいて,それぞれの
立場からの要求を充足させるだけでなく,当事者
のWT 利用を促し,受容度を長期的・段階的に高
め,ひいては WT を用いた当事者の自律を促すこ
とが意識されていることがわかった.
本研究は,WT の評価軸を実際に利用が盛んな
デンマークの七組織にインタビューをすることで
導出したものであるが,あくまでも定性的なデー
タであり,98 ある地方自治体の状況を一般化しう
るものではない.そのため,本調査により導出さ
れた見解が,統計的妥当性を担保しうるのか更な
る調査・分析が必要である.同時に,本研究から
は,一般的・社会的に妥当性があり認知されうる
評価軸の必要性があることがあぶり出された.福
祉技術を共通軸で評価するための指標は,本研究
の展開の一つとして,考慮すべき方向性といえる.
たとえば,次の研究のステップとして,標準化さ
れた WT の評価モデルを構築し妥当性評価するこ
とが考えられる.これは,WT 研究と現場ニーズ
の乖離をなくすための手段としても活用されうる
ものといえる.
また,WT 導入を通した自律醸成は今まで注目
されてこなかったが,WT の導入は,介助の接触
減少にも繋がると考えられる.コロナ以前の 2019
年時のデンマークの報告書では,遠隔コミュニケ
ーションを支援する WT の導入は市民と介護士の
両方からの満足度が高まったと分析されている.
市民側の満足度上昇の理由として,一方的な介護
者の訪問ではなく,自分の好きな時に自主的にコ
ミュニケーションを開始できる自由を持ったこと,
介護士が家に足を踏み入れないことで,プライバ
シーをより確保できるなど,被介護者であっても
確保されるべき人としての尊厳に関する言及があ
った.これは,コロナ影響下においても介護にお
ける喫緊の課題と言える.
日本に目を向けてみると、介護のあり方として,
高齢者の世話をするという視点から高齢者が自律
する生活をサポートするというあり方に変わって
きている.COVID19 流行環境下において,人手に
よる支えからテクノロジーによる自立支援の推進
はますます求められるようになるだろう.いかに
して生活の質を向上させつつ,ニューノーマルの
社会状況下において支援を広げるかは,今後の
我々の社会のニーズでもある.
本研究は,今まで見過ごされてきた福祉機器が
おし拡げる可能性をより明確に可視化・外在化し,
今後の支援可能性を拡張することに貢献するもの
である.
8.
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