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カヌースプリントにおけるスタート時の自動発艇装置に対する反応時間の影響 (Influence of starting-machine on reaction time in starting phase of canoe sprint)

Authors:

Abstract

Many Japanese canoe sprinters are slow to start-off from the starting-machine due to the lack of practice in using the machine and psychological pressure of competitions. They often feel the delay in the starting phase of competitions. However, there is no experimental evidence to clarify the extent to which the start is delayed. In this study, the influence of viewing the starting-machine on reaction times in the starting phase of canoe sprints was investigated. Women university student canoe sprinters (N = 14) participated in the study. Their reaction times to an acoustic stimulus (a beep signal) and reaction times after viewing an ego-centric movie of the starting apparatus that was recorded from the real position on a canoe cockpit were measured in 18 trials. Results indicated that the reaction time during viewing movies was significantly longer, by a mean of approximately 300 ms more than for acoustic stimuli alone. This finding suggests that processing too much information such as cognitions, emotions and memories resulting from viewing the starting-machine resulted in delayed reaction times.
健康運動科学(2019),13∼20
【実践研究】
カヌースプリントにおけるスタート時の自動発艇装置に対する反応時間の影響
西分 友貴子
 田中 美吏
Influence of starting-machine on reaction times in starting phase of canoe sprint
Yukiko Nishibun
,Yoshifumi Tanaka
Abstract
Many Japanese canoe sprinters are slow to start-off from the starting-machine due to the lack
of practice in using the machine and psychological pressure of competitions. They often feel the
delay in the starting phase of competitions. However, there is no experimental evidence to clarify
the extent to which the start is delayed. In this study, the influence of viewing the starting-machine
on reaction times in the starting phase of canoe sprint was investigated. Women university student
canoe sprinters (N = 14) participated in the study. Their reaction times to an acoustic stimulus (a
beep signal) and reaction times after viewing an ego-centric movie of the starting apparatus that
was recorded from the real position on a canoe cockpit were measured in 18 trials. Results indi-
cated that the reaction time during viewing movies was significantly longer, by a mean of approxi-
mately 300 ms more than for acoustic stimuli alone. This finding suggests that processing too
much information such as cognitions, emotions and memories resulting from viewing the starting-
machine resulted in delayed reaction times.
キーワード:カヌースプリント,反応時間,自動発艇装置,不安
Key words:canoe sprint, reaction time, starting-machine, anxiety
)武庫川女子大学大学院,健康・スポーツ科学研究科
)武庫川女子大学,健康・スポーツ科学部
Ⅰ 序 論
カヌースプリント競技では,自然の中にある川や
湖,潟などに設置された200m,500m,1000mの
線コースを利用し,1/100秒刻みのタイムで順位を
争う。好記録を出すには,自然環境や水温によって
変化する水面に対応するための高度なパドリング技
術,さらには筋力,敏捷性(スピード),持久性な
どの種々の体力が求められる。スタートからゴール
までの時間は,スタート合図から身体が反応を開始
するまでの反応時間(RT:Reaction Time)局面と,
反応時間終了からゴールまでの運動時間MT
Motor Time)局面に分けられるが,上記の通り,
1/100秒を争う競技であるため,スタート時の反応
時間局面もレースの勝負の鍵と言われるほど肝心で
ある。
この競技のスタートでは,フライング防止のため
に自動発艇装置が使用され,横一列に並んだ状態か
らスタートする。発艇分前に自動発艇装置の準備
が整えられ,それと同時に選手は自動発艇装置のス
ターティングブロックに艇の先端を入れる。全艇の
スタート準備が整うと「ready」「set」の合図が発
艇員によって出され,選手はパドルを構える。その
後の「go」の発砲音や信号音の合図とほぼ同時にス
ターティングブロックが一斉に下がり漕ぎ始める。
「ready」「set」「go」の時間間隔や,「go」の合図
スターティングブロックが下がるタイミングはレー
ス毎に微妙に異なり,時間的見越し反応はできな
い。見越し反応によるフライングをした場合には,
スターティングブロックからの反力によって艇が後
進し,スターティングブロックよりも後方からのス
タートを強いられる。
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ら撮影した自動発艇装置のスターティングブロック
に艇の先を入れ,その後に自動発艇装置が下りる映
像を用いてスターティング動作のシミュレーション
を行うことで反応時間を測定し,映像なしでの音刺
激に対する反応時間との比較を実験室内で行った。
仮説として,自動発艇装置の映像を見ることによっ
て反応時間が遅延すると予想した。また,反応時間
の遅延について競技成績が上位の選手と下位の選手
の比較を行うことや,試合場面において自動発艇装
置からスタートするときの心理面に関する質問項目
に回答させ,これらの心理面と反応時間の遅延との
関係を調べ,スタートの反応時間の遅延についての
個人差要因を特定することも目的とした。
Ⅱ 方 法
A 実験参加者
大学のカヌースプリント競技部校に所属する
14名(齢19.86±1.23歳,数5.79
±3.42年)が実験に参加した。各実験参加者に,研
究の主旨及び概要を文章で説明し,研究同意書に対
して署名による同意を得た後に実験を開始した。
B 実験装置
反応時間の測定には,握力計(ADINSTRUMENTS
製Grip Force MLT004/ST)使し,A/D
機(ADINSTRUMENTS社製Power Lab 26T)
してサンプリング周波数2000Hzで握力計への入力
値を記録した。そして後述の方法で,解析ソフト
(ADINSTRUMENTS社製Lab Chart ver.8 Japanese)
を用いて反応時間を特定した。音刺激は,A/D変換
機(ADINSTRUMENTS社製Power Lab 26T)
出力した電気信号(400 Hzで200サイクル(0.5秒)
のサイン波形)をスピーカー(BOSE companion
seriesⅡmultimedia speaker system)
プ音に変換することで呈示した。
自動発艇装置の映像は,関西学生カヌースプリン
ト選手権大会の会場である兵庫県宍粟市音水湖に
て,関西学生カヌー連盟の協力を得て撮影した。自
動発艇装置のスターティングブロックに艇の先を入
れているところから,スタートの合図がかかりス
ターティングブロックが水中に降りるまでを艇に
載っている選手からの人称視点で撮影した(図
。自動発艇装置からのスタートの試技の映像
反応時間とは,反応刺激の呈示から身体の反応が
開始するまでの時間である。刺激-反応選択肢の数
が増えるほど反応に要する情報処理量が増えるため
に反応時間が遅延するヒックの法則に代表され
るように,反応時間は様々な心理的要因の影響を受
ける。音刺激による驚愕反射(startle response)
-
や写真刺激による不快情動に伴う反応時間の短
,先行刺激による反応時間の短縮や遅延-11,上
方への注視による反応時間の遅延12-15などが例に挙
げられる。さらに,プレッシャーが反応時間に及ぼ
す影響についても多くの研究が行われており,プ
レッシャー下では非プレッシャー下に比べて反応時
間が遅延する16,17,短縮する18-22,変わらない23-25
どの様々な結果が示されている。1999年から2011
年にかけての陸上世界選手権男女100m走の記録を
基に,度のフライングで失格になる2010年のルー
ル改正に伴う反応時間の変化を調べた研究もあり,
ルール改正後はルール改正前よりも反応時間が遅延
したことが報告されている26
カヌースプリント競技では,試合における自動発
艇装置からのスタートに苦手意識を抱く選手が非常
に多い。海外の試合では公式練習の決められた時間
に,希望する選手は自由に自動発艇装置からのス
タート練習を実施できる。しかしながら日本国内の
全ての大会では,自動発艇装置を使用した練習時間
は設けられていない。平常時の練習においても,自
動発艇装置からのスタート練習をできる環境は極め
て少なく,殆どの選手は自動発艇装置からのスター
トをレースでしか経験できない。自動発艇装置から
のスタートの経験不足と試合場面におけるプレッ
シャーなどの心理的要因が相まって,自動発艇装置
からのスタートに苦手意識を持つ選手が多い。この
ように自動発艇装置からのスタートは,カヌースプ
リント競技に取り組む多くの選手が抱える問題であ
りながら,自動発艇装置からのスタートをするとき
に反応時間が遅れるか否か,さらにはどれほど遅れ
るかについて調べた研究は見当たらない。
以上の背景より本研究では,カヌースプリント競
技の選手を対象に,自動発艇装置からのスタートで
はどれほど反応時間が遅延するのかについて明らか
にすることを目的とした。この目的を検証するため
に,カヌースプリント競技の試合会場となる湖面に
て,艇のコックピット内にいる選手の一人称視点か
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15カヌースプリントにおけるスタート時の自動発艇装置に対する反応時間の影響
ことに加えて,反応刺激に対して出来る限り早く反
応するように教示した。反応準備時には力発揮がな
いように握力計を安静に握らせ,反応刺激呈示時点
から第パドルの引き手動作によって握力計に力が
加わり,握力計への入力が50Nに達した時点までの
時間を反応時間とした。セットを試行で構成
し,100ms未満の反応をフライングとし,その場合
はその試行をやり直させた。
自動発艇装置の映像刺激反応課題では,音刺激に
対するスターティング動作のシミュレーション(図
)と同様の体勢をとらせ,1.5m前方のディスプ
レイに映し出した映像と音を視聴しながら,映像内
の発艇員による「Ready Set Go」の合図に合わせて
スターティング動作をシミュレーションさせた。そ
の際,試合でのスタートと同じようにし,できる限
り早く反応することを教示した。映像刺激反応課題
では,webビデオカメラに映した自動発艇装置が下
りた時点から第パドルの引き手動作によって握力
計に力が加わり,握力計への入力が50Nに達した時
点までの時間を反応時間とした。映像刺激反応課題
セットを試行で構成し,セットごとに第
像と第映像を交互に呈示した。
各実験参加者に対して,音刺激反応課題セット
(18試行)と映像刺激反応課題セット(18試行
を実施させた。音刺激反応課題セット,映像刺激
反応課題セットの順序を回繰り返したが,順序
効果の影響を除外するために,14名の実験参加者
を音刺激から開始する名と,映像刺激から開始す
名にランダムに振り分けた。
実験後,各実験参加者に対して,試合での自動発
(以下,第映像と第映像と示す)を55インチの
ディスプレイに呈示した。反応時間を測定するため
の各試行における実験者のスタート動作の様子と自
動発艇装置の映像画面が両方映るように,webビデ
ラ(ELECOM UCAM-DLE300T series)
(ADINSTRUMENTS社 製Lab
Chart ver.8 Japanese)録し,計で
揮と自動発艇装置映像の時間を同期することで,自
動発艇装置の降りるタイミングを特定した。
 艇のコト内からの一人称視点の自動発艇装置
(本研究で用いた映像を視聴できるURL:
https://drive.google.com/file/d/1aDXR_
1qwLAfsLPgEAzKyJ3-Kid2m3upk/view?usp=sharing)
C 手続き
実験室に入室し,同意書に記入後,指定された位
置で艇に乗っている時と同じ体勢をとらせ,第
ドルの引き手に握力計を握らせた。初めに,音刺激
による単純反応課題の練習を試行行わせ,実験参
加者の握力計の握り方や解析ソフトに握力計の力発
揮やwebビデオカメラの映像が記録されているか確
認した。
音刺激による単純反応課題の各試行では,回目
のビープ音(予告刺激)を「set」回目のビープ
音(反応刺激)を「go」とみなし,これに合わせて
スターティング動作を行い,反応時間を測定した。
予告刺激と反応刺激との間隔は,自動発艇装置の第
映像と第映像の間隔に合わせるために1.0秒と
0.8秒の種類とし,下記のセットごとに交互に設
定した。音刺激反応課題中には,実験参加者から1.5
m前方に設置したディスプレイを黒色のブランク画
面とした。なお,音刺激に対してスターティング動
作のシミュレーションを行うことで反応時間を測定
している様子が分かる写真を図に示した。
実験参加者には,見越し反応(フライング)をし
ないために音刺激の間隔はランダムに設定している
 スターティング動作のシレーシンによる反応
   時間の測定
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%未満 (片側2.5%の両側検定)とした。
Ⅲ 結 果
A 音刺激と映像刺激に対する反応時間
全実験参加者14名における音刺激に対する反応
時間の平均値と標準偏差が196.17±44.17ms,映
刺激に対する反応時間の平均値と標準偏差が492.11
±127.20msであった。対応のあるt検定の結果,有
意差が認められ,映像刺激では音刺激よりも反応時
間がした(t(13)=10.93, p<.001)。14名
ての実験参加者において映像刺激では音刺激よりも
反応時間が遅延し,映像刺激と音刺激の反応時間差
の平均値と標準偏差は295.95±101.31msであった。
反応時間差が最も大きい実験参加者で448.78ms,
最も小さい実験参加者で154.11msであった。なお,
全実験参加者14名における音刺激及び映像刺激に
対する反応時間の平均値と標準偏差を図に示し
た。
 全実験参加者14名における音刺激及び映像刺激に
   対する反応時間の平均値と標準偏差(***p<.001)
B 成績上位群と下位群の比較
成績上位群名における反応時間差の平均値と標
準偏差が313.79±97.51ms,下位名における反
応時間差の平均値と標準偏差が299.63±115.32msで
あった。対応のないt検定の結果,有意差は見られ
なかった(t=.22, p=.830)なお,位群
下位群における音刺激及び映像刺激に対する反応時
間の平均値と標準偏差を図に示した。群()×
刺激条件()の要因分散分析(群が実験参加者
間要因,刺激映像が実験参加者内要因)を実施した
ところ,群と刺激条件の交互作用や群の主効果は見
艇装置への心理面を尋ねるための質問項目に回答さ
せた。初めに,①自動発艇装置が得意か苦手かにつ
いて,得意10)からの苦手()の10件
答させた。さらに,②自動発艇装置があるとうまく
スタートをきれるか不安である,③自動発艇装置が
あるとフリースタートよりも緊張する,④自動発艇
装置の音に緊張する,⑤自動発艇装置が不安なのは
慣れていないからだ,⑥自動発艇装置への不安がパ
フォーマンス(タイム)に影響していると思う,⑦
自動発艇装置に跳ね返ってスタートすることがあ
る,⑧自動発艇装置に跳ね返ることを恐れて出遅れ
てスタートすることがある,⑨自動発艇装置は平等
にスタートできるためフリースタートよりも安心す
る,⑩自動発艇装置が下りるのを確認してからス
タートしている,⑪スタートする以前に自動発艇装
置にスムーズに艇を入れることができるかどうか不
安である,⑫自動発艇装置に入れてからスタートま
での時間に幅寄せをして艇を真っ直ぐに保てるかど
うか不安である,以上の②∼⑫の質問に対して「と
ても思う(「そう思う(「どちらともい
えない(「そう思わない(「まったくそ
う思わない(」の件法で回答させた。
D 統計解析
実験参加者毎に音刺激18試行と映像刺激18試行
の平均反応時間を求めた。そして,音刺激と映像刺
激に対する反応時間の全実験参加者の平均値を比較
するために,対応のあるt検定を実施した。次に,
カナディアン選手名を除いたカヤック選手11
について,平成30年度大阪学生選手権大会の予選
における成績(タイム)をもとに上位選手名と下
位選手名の群に分けた。そして,各実験参加者
の反応時間差 (映像刺激に対する平均反応時間から
音刺激に対する平均反応時間を引いた値) を算出し
(この値が大きいほど映像刺激では音刺激に比べて
反応時間が遅れることを意味する),競技成績が上
位選手と下位選手の群間での平均値の比較を対応の
ないt検定により行った。さらに,上記の①から⑫
の質問への各回答と反応時間差についてスピアマン
の順位相関分析(N=14)を行うことで自動発艇装
置からのスタートに対する心理面と反応時間の遅延
の関連性を調べた。これらの分析には統計解析ソフ
トIBM SPSS Statistics ver.21を使用し,有意水準は
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17カヌースプリントにおけるスタート時の自動発艇装置に対する反応時間の影響
D 心理面と反応時間の関係
には,12の質問項目と反応時間差に対する
スピアマンの順位相関分析の結果も示した。全ての
質問と反応時間差の間に有意な相関は見られなかっ
た。
Ⅳ 考 察
本研究では,カヌースプリント競技のスタート時
の反応時間局面に着目し,カヌースプリント競技に
取り組む選手を対象に自動発艇装置からのスタート
ではどれほど反応時間が遅れるのかについて調べる
ことを目的とした。さらには,競技成績上位群と下
位群の反応時間の遅延の比較を行うことや,自動発
艇装置からスタートするときの心理面と反応時間の
遅延の関係を調べることで,反応時間の遅延に関連
する個人差要因を特定することも目的とした。
自動発艇装置からのスタートでは反応時間が遅延
するという仮説を検証するため,実環境において艇
のコックピット内にいる選手の一人称視点から撮影
した自動発艇装置が下りる映像を見ながら,実験室
内で艇に乗っている時と同じ体勢でスターティング
動作のシミュレーションを実施させた。その際,第
パドルの手に握力計を持たせ,第パドルの引き
手動作によって握力計に力が加わる時点を特定する
ことで反応時間を測定した。そして,同様の方法で
映像なしでのビープ音に対する反応時間も測定し,
自動発艇装置の映像を見ながらの反応時間との比較
を行った。実験の結果,14名の実験参加者全員が
られなかった(Fs<1.0。刺激条件の主効果は認め
られ(F(1,9)=91.69, p<.001),各群の映像刺激に
対する反応時間は音刺激に比べて有意に遅延した
(ps<.001)
C 自動発艇装置からのスタートに対する心理面
に,自動発艇装置からのスタートが得意か苦
手かの質問①(10件法)や,②から⑫の質問
件法)への各回答に対する全実験参加者14名の平
均値と標準偏差を示した。④自動発艇装置の音に緊
張する,⑦自動発艇装置に跳ね返ってスタートする
ことがある,⑧自動発艇装置に跳ね返ることを恐れ
て出遅れてスタートすることがあるなどの項目に対
する回答値が高かった。
図4 上位群と下位群における音刺激及び映像刺激に対す
   る反応時間の平均値と標準偏差(***p<.001)
 自動発艇装置からのスタートに対する心理面と反応時間の関係
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音刺激に比べて自動発艇装置の映像による反応時間
が遅れた。統計的有意差も確認でき,自動発艇装置
からのスタートでは反応時間が遅延するという仮説
が支持された。
自動発艇装置の映像を見ながらの反応では音刺激
に比べて,14名の全実験参加者の平均値で約300ms
の反応時間の遅延が見られ,最も遅れた実験参加者
では約450msであた。200mを40秒漕ぐ手で
換算すると,300msは約1.5m(艇身の約29%)の
離,450msは2.25m(艇身の約43%)の距離になり,
スタート時でのこの遅れは,心理的にも物理的にも
成績 (順位やタイム)を左右する非常に大きな不利
と言える。スタート時の反応時間局面の敏捷性につ
いて各実験参加者は,音刺激に対する反応時間で規
定できる能力を有しているが,自動発艇装置がある
ことでその能力を発揮できないことが本研究の結果
から明らかとなった。
先行研究では,先行視覚刺激による注視点の誘
上方への注視12-15,報酬を獲得できる競争のプレッ
シャー17,陸上100m走のフライングのルール改正26
によって反応時間が有意に遅延することが報告され
ている。しかしながら,これらの研究における反応
時間の遅延は全実験参加者の平均値において数
10msに留まっている。刺激-反応選択肢数と反応時
間の関係を表すヒックの法則によれば,刺激-反応
選択肢数がからに増えることによって約300ms
の反応時間の遅延が生じる。したがって,本研究
で示された全実験参加者の平均値で約300msの反応
時間の遅延は,刺激-反応選択肢数がの単純反応
課題でありながら選択反応課題を行うときほどの
大きな情報処理量が自動発艇装置の映像を見ること
によって負荷されたことを意味する。
そして,自動発艇装置による反応時間の遅延に関
連する個人差要因を特定するために,先ず,競技成
績上位群と下位群の比較を行ったが有意差は見られ
なかった。自動発艇装置による反応時間の遅延は,
競技レベルに関わらず選手一様に生じることが示唆
される。さらに,自動発艇装置からのスタートに対
する得意・不得意の認識や,その他の心理面と反応
時間の関係も調べたところ,全ての質問項目と反応
時間の遅延に相関は見られなかった。したがって本
研究では,スタートでの反応時間の遅延に関連する
心理的要因を特定するには至らなかった。
本研究で用いた質問項目は信頼性や妥当性が確認
されているものではないため,自動発艇装置からス
タートをするときの心理面の測定尺度として精度や
真度が低い可能性を有している。したがって,今後
の研究では運動課題遂行時の心理面の測定尺度とし
て信頼性や妥当性が確認されている種々の質問紙や
心理検査を活用し,自動発艇装置からの反応時間の
遅延に関連する心理的要因を検討する必要がある。
このような問題を有する質問項目ではあったが,ス
タートに対する不安,自動発艇装置の音に対する緊
張,自動発艇装置からの跳ね返りの経験の項目にお
いて回答得点が高かった。今後は,不安,緊張 (プ
レッシャー),パフォーマンスに対してマイナス要
素となる先行経験などの要因と反応時間の関係を調
べる研究を行うことが望まれる。
プレッシャーと反応時間の関係について先行研究
では,初心者スクーバダイバーが暗算や文字読み取
りの主課題を行いながら二次課題として視覚刺激に
対して出来る限り早く反応する際に,プール内や海
中の危機状況下では地上でそれらの課題を行うとき
よりも反応時間が遅延する傾向にあることが示され
ている16。さらに,ドライビング・シミュレーター
による運転課題を行いながら二次課題として周辺視
野に呈示される視覚刺激に対して出来る限り早く反
応する際に,報酬を獲得できる競争によるプレッ
シャー下では低特性不安者は反応時間を短縮させる
一方,高特性不安者は反応時間を増加させた報告も
ある17。これらの先行研究は,プレッシャーや不安
が反応時間の遅延を導くことを示しており,カヌー
スプリント競技のスタート時の反応時間局面におい
ても同様の結果が得られるかについて検討すること
が求められる。
本研究ではカヌースプリント競技に取り組む選手
において自動発艇装置からのスタートでは反応時間
が遅延することが明らかとなったが,どのように反
応時間の遅延を防ぐかという対処法を提案し,その
効果を検証することも今後は行う必要がある。警察
官を対象とした射撃課題では,銃を持つ相手に対し
て発砲する実環境を想定した練習や,そのような環
境のシミュレーション映像を用いた練習によって,
自己の銃の引き金を引くまでの反応時間が早くなる
かについての検討が行われている20,22。さらに,ミ
スをした場合には痛み刺激が与えられるプレッ
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シャーを負荷した練習の効果も調べられており,プ
レッシャーを負荷した練習によって反応時間が短縮
することが示されている22。これらの研究に倣い,
カヌースプリント競技においても自動発艇装置を想
定したシミュレーション練習を実施することや,心
理的なプレッシャーを負荷したスタート練習を行う
ことで反応時間の短縮を導く可能性が提案できる。
カヌースプリント競技では,前述の通り,日本国
内では自動発艇装置からのスタートを練習できる環
境が極めて少ないため,海外の試合に参加する際に
自動発艇装置からのスタートの練習を多く積む必要
性も提案できる。海外の試合に参加するチャンスに
恵まれない選手においては,本研究で用いたような
シミュレーション映像を利用してスターティング動
作の練習を行うことや,艇のコックピット内からの
自動発艇装置の一人称イメージを描きながらスター
ティング動作をシミュレーションすることで,自動
発艇装置からのスタートの経験不足を補える可能性
が考えられる。また,カヌーの練習環境において利
用可能な簡易な自動発艇装置を開発し,それを利用
しながらのスタート練習に多く取り組むことで,自
動発艇装置への苦手意識を克服できると考えられ
る。
最後に,本研究では自動発艇装置の映像を用いて
実験室内でのシミュレーション動作によって反応時
間の測定を行ったため,カヌースプリント競技の自
動発艇装置から実際にスタートする時にも同様の結
果が得られるかが不明という生態学的妥当性の問題
も有している。実環境ではさらに反応時間が遅延す
る可能性も考えられ,今後は実環境において自動発
艇装置からスタートする時の反応時間を調べる研究
を行うことも必要である。さらに,カヌースプリン
ト競技では予選から決勝まで日に複数回のレース
に出場することも多いため,疲労などの生理的要因
も交えて研究を拡張することも今後の研究課題と言
える。
※本研究において,著者らに開示すべき利益相反
(COI)はない。
Ⅴ.引用文献
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ンス―理論から実践へ―,p. 15-25,大修館書店,東
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