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ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査― (Yips in softball: A suevey of players' subjectivity)

Authors:
健康運動科学(2019)∼11
【実践研究】
ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
稲田 愛子
 田中 美吏
Yips in softball: A survey of players subjectivity
Aiko Inada
,Yoshifumi Tanaka
キーワード:投球,送球,女子大学生,アンケート調査
Key words:pitching,throwing,female university student,questionnaire survey
)武庫川女子大学大学院,健康・スポーツ科学研究科
)武庫川女子大学,健康・スポーツ科学部
Ⅰ.緒言
他者へのスローイングを使用するスポーツでは,
相手に対してボールを正確に投げることが求められ
る。その中でもソフトボールや野球では,投手が捕
手や打者に向かって投げる「投球」,野手が持って
いるボールを他者へ投げる「送球」があり,相手が
持っているグローブという小さな的へ正確に投・送
球する技術が必要である。しかし,送球の距離が遠
ければ普段通りに投げられるが,送球の距離が近く
なるなどのある状況になると,相手に正確にボール
を投げられなくなることがあり,ソフトボールや野
球ではイップスと呼ぶ。
イップスという言葉はゴルフから生まれ,プロゴ
のTommy Armour使
Tommy Armourはイプスについて1967年に出
された自著「ABCゴルフ」の中で,「今までスムー
ズにパッティングをしていたゴルファーがある日突
然緊張のあまり,ほんの数10cmしか打たなかった
り,あるいはカップをはるかにオーバーするような
パットを打ったりするような病気をイップス(うめ
き病)と名づけた」と記している。その他のイッ
プスの定義には,「緊張のために身体がかたくなっ
てしまい,うまく動作ができない」ことを総称した
ものや,「精緻な運動技能に影響を及ぼす心理・
神経・筋障害」などがあり,いずれも特定の動作
が普段通りに出来なくなるという点で共通してい
る。そして,Tommy Armourはイップスにより引退
を余儀なくされたひとりであるが,現在でも多くの
選手が引退する一つの要因になると考えられる。
近年では,ゴルフにおけるパターやアプローチ
イップス,さらには野球における投・送球イップス
以外にも,スポーツ種目によって症状は異なるが他
のスポーツ種目でもみられる。主な症状として動作
の痙攣や硬直等が挙げられ,弓道で矢を秒も持て
ずに離してしまう「早気(はやけ)」や,離そうと
しても凍りついた様に動かなくなってしまう「遅気
(もたれ),アーチェリーで射つタイミングが早い
「スナップシューティング」や,反対に遅い「フリッ
チング」
他にもペタンク長距離走などスポー
ツ種目によって名称が異なるもののイップスと考え
られる症状が報告されている。
また,イップスはスポーツだけではなくピアニス
トやバイオリニストなどの音楽家や作家,外科医な
どの手指を頻繁に使う職業でみられ,これらは職業
性ジストニアと呼ばれる。鍵盤楽器や弦楽器などの
演奏者では手指や腕が,意志とは違った動きをし,
作家などは執筆する時にだけ手が震え正常に字を書
けなくなる。また,ジストニアは同一動作を過度
に繰り返すことによって,大脳皮質に非適応的な可
逆的変化が起こることが原因であると説明されてい
。さらに,ジストニアを持つ多くの音楽家が高
頻度の完璧主義と不安傾向を持つことが示されてお
り,不安と完璧主義はジストニアを悪化させる要因
の一つである
スポーツにおけるイップス,さらにはスポーツ以
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2 稲田,田中
敗したらどうしよう,失敗したら恥ずかしい」とい
うような思考が頭の中で巡り,身体にブレーキがか
かることと述べており,イップスには心理的要因が
大きく関連している。
このように野球やゴルフを中心に,イップスの実
情を把握する調査研究が行われている。しかし,競
技現場で対応を求められることが多い問題でありな
がら,現在のところ有効な介入指針を示すまでには
至っていない18。さらに,アスリートがイップスを
どのように把握しているのかということに加え,学
術的定義がかけていることも指摘されている19,20,21
また,ソフトボールは野球と同じベースボール型の
種目ではあるが,塁と塁の距離である塁間や投手か
ら捕手までの距離は野球に比べると短い。そのた
め,塁間を走者が走る時間も野球に比較し短くな
り,送球に対して野球よりも時間切迫が強くなる頻
度が多くなると考えられる。さらに,ボールのサイ
ズも野球に比べて大きいことから野球における投・
送球とは異なる運動制御が求められる。このような
背景から本研究では,ソフトボール選手を対象とし
たアンケートにより,各選手のこれまでのソフト
ボール歴,各選手が自覚しているイップス経験,イッ
プスが始まったきっかけ,イップスの対処法,相談
相手,ならびにイップスを患っているチームメイト
に対する認知などを網羅的に調べ,ソフトボールに
おけるイップスの実情を把握することを目的とす
る。
なお本研究のアンケート内では,「投球・送球イッ
プス」の用語のみを記載し,投球・送球イップスの
定義は行わなかった。野球におけるイップスの実態
を把握するための研究では,「これまで野球をして
きた中で,ある日突然自分の思い通りに投げれなく
なり,(投げるたびにではないが)相手が完全に捕
球できないような暴投(上下左右といった方向)が
続いたことがありますか」14という質問や「ボー
ルを叩きつけてしまう状態が続いたことがある」22
という質問に対して,その状態が回答時にも続いて
いることや14ヵ月以上継続した22調査対象者を
イップス群と定義している。これらの研究のように
投球・送球イップスの定義を設ける利点として,そ
の定義内でのイップスの実情を正確に把握できるこ
とが挙げられるが,その定義外で調査対象者がイッ
プスに関して有する認識を詳細に把握できないとい
外の職業におけるジストニアは,多くの人が抱える
運動機能の深刻な問題と考えられ,先ずはその実情
を把握するための研究が必要不可欠である。野球の
投手の投球時において捕手が要求するところに正確
に投げられなくなる投球イップスは「心因性投球動
作失調」10,11「投球失調」12,および「心因性運動
機能失調」
13と呼ばれ,野球の投・送球に関しては,
イップスの実情を報告する複数の文献が存在する。
賀川,深江14は,相手までがメートルほどの短い
距離であるにも関わらず,ワンバウンドを投げた
り,相手が捕れないような場所に投げたりすること
が生じることを述べている。また,野球でイップス
を患った選手に対する聞き取り調査では,「一定の
距離にくるとコントロールが乱れてしまう」「自分
のフォームばかり気になってしまい,きちんとした
スイングが出来なくなってしまう」「スローイング
がうまくできない,ボールを持つと手首が硬直して
ふりかぶれない」
10,12といった報告がなされている。
また,野球の送球イップスの経験のある男性を対
象とした研究でも,イップスの発症は選手の心理面
や技術面などの内的要因と,周囲の人間関係や環境
などの外的要因が組み合わされて生じると考えられ
ている15。中学校野球部員を対象とした研究では,
イップスが競技回避傾向や自信喪失傾向の内的要因
に起因するという報告もある14。さらに西野ほか11
の大学硬式野球部員を対象に行った調査では,投球
イップスになった理由は「先輩のプレッシャー」「試
合中のひとつのミス」「監督・コーチのプレッ
シャー」などの対人関係を中心とした外的要因が関
わっていることが示されている。
野球以外では,ゴルフにおけるイップスの実情を
把握する調査研究がいくつか行われている。72名
のゴルファーを対象とした調査では,40名のゴル
ファーが体幹,腕,手の不随意運動によって,行い
たい動きを出せずに,それに伴ってスムーズなパッ
ティング動作が出来なくなる神経活動や筋活動を含
む一連の運動制御機能に問題があることが報告され
ている16。また,16名はネガティブな感情,ミスの
イメージ,神経症傾向,緊張,自信の喪失などの心
理的な問題に起因し,14名は心理的問題と運動制
御機能の両方に起因することを説明している16。ア
マチュアゴルファーを対象とした事例研究を行った
須賀ほか17によると,イップスの一番の原因は「失
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3ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
載し,イップスの定義を口頭やアンケート内では説
明しなかった。イップスの実情調査という目的に対
し,イップスの定義を知ることによって回答にバイ
アスがかかることを危惧した。つまり,「投球・送
球イップス」の言葉のみで以下の調査項目に対し
て,各調査対象者自身の主観や自覚について自然な
回答を導くことを狙いとし,イップスの定義を説明
しなかった。
C.調査手続き
大学へのアンケートの実施時間は,研究実施者
による説明と調査対象者による回答を合わせて30
分程度であった。選手に質問紙を配布し,初めに研
究実施者が口頭で本調査の趣旨とアンケート用紙の
記入の仕方などを説明した。なお,イップスを自覚
する選手にとっては,イップスが起こる時の状況や
心理状態を質問されることは心理的負担になる可能
性があった。それらを最小化するために,回答は任
意であり,回答したくなければ回答しなくてもよい
ことを事前に説明した。無記名での記述であり,回
答内容や個人情報は厳正に管理や保管されることも
事前に伝え,質問に回答することをもって調査協力
への同意とみなした。回答欄への記入漏れがないよ
うにすることも説明したが,記入漏れがある場合で
も提出後に追加記述はさせず,そのままの状態で調
査を終了した。
直接回答法にて回答を得られなかった大学に対
しては,各チームの監督に上記の注意事項を説明し
たうえでアンケート用紙を郵送した。そして各チー
ム内で回答する時間を設けさせ,回答後に郵送によ
る回収を行った。
D.調査項目
.緊張経験の有無
過去の大会での緊張経験について「はい」「いいえ」
選択で回答を求め,緊張のため投球・送球時に
手がうまく動かなかった経験についても「はい」「い
いえ」の選択で尋ねた。
.イップスの自覚
賀川,深江14は,イップス予備軍ともいうべき
「投・送球障がい兆候を示す者」に対する具体的な
対応策を策定する必要性を述べており,自身の投・
送球に対してイップスであると自覚する選手だけで
う短所も併存する。上記の諸研究で利用されている
イップスの定義は狭義なものであり,ソフトボール
の練習や試合などの実場面で選手や指導者は,イッ
プスに対して広義な解釈をしている実情がある。こ
のような背景を考慮し,本研究ではイップスの操作
的定義を記述せずにアンケートを実施することで,
イップスに対するソフトボール選手の主観を調べ,
ソフトボールのイップスの実情を把握することを主
眼とした。
さらに本研究では,女子大学生を対象に調査を行
う。対象者はある程度の競技年数を有しており,動
作が熟練していると推察される大学生を本研究にお
ける調査対象とする。また,男子ソフトボールと女
子ソフトボールでは,塁間の距離は同じであるが,
投手から捕手までの距離,本塁から外野フェンスま
での距離に違いがある。さらに,女子ソフトボール
と比較し,男子ソフトボールでは打球の速さや走塁
の速さなど力強いプレースタイルがみられる。ソフ
トボールのイップスの実情調査研究を行うにあた
り,男子ソフトボールと女子ソフトボールのこれら
の競技特性の違いを考慮し,本研究では先ず女子ソ
フトボールを対象に調査を行う。
Ⅱ.方法
A.調査対象者
関西女子ソフトボール部リーグに所属する325
名にアンケート用紙を配布した。287名の有効回答
者(回収率88.3%,平均年齢19.9±1.2歳)を対象と
し,項目ごとに欠損データは削除した。そのため,
後述の結果記述では項目ごとの有効回答者数を報告
する。競技レベルを統一した中で,多くの競技経験
を有する多数の選手を対象に調査を行うことを目的
に,上記のリーグ部に所属している10大学の選
手を対象とした。学年は平均2.3±1.0年,ソフトボー
ルの平均競技年数は9.8±2.8年であった。なお本調
査は,武庫川女子大学の人を対象とする研究等倫理
審査の承認(承認番号17-62)を得たうえで実施し
た。また,各大学の監督に本研究の趣旨と方法を説
明し,承諾を得たうえで調査を行った。
B.データ収集
本調査では,アンケートの冒頭に調査主題として
「投球・送球イップスに関してのアンケート」と記
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4 稲田,田中
E.統計解析
回答率の差を比べるためにχ
検定を実施した。
各質問項目に対するχ
検定の詳細は後述の結果記
述欄において説明を加える。χ
検定における有意
水準は%未満とした。残差分析においては,調整
済み残差の絶対値が2.58より大きい場合を有意水準
%未満,1.96より大きい場合を%未満とした
統計解析ソフトSPSS ver.21を用いて検定を行った。
Ⅲ.結果
A.緊張経験の有無
過去の大会での緊張経験について「はい」「いいえ」
選択で回答を求めたが,「はい」と回答し,緊
張経験があったのは有効回答者(287名)の97.9%
(281名)であった。また,「いいえ」と回答した2.1%
名)が過去の大会での緊張経験がなく,「はい」
と「いいえ」の回答率に有意差が認められた(χ
⑴=263.502, p<.001)。ほとんどの回答者が去の
大会で緊張を経験していた。
さらに,緊張のため手がうまく動かなかった経験
についても「はい」「いいえ」の選択で回答を求
めた。有効回答者286名の回答者のうち「はい」と
回答した69.2%(198名)が緊張のため手が動かな
かった経験をしており「いいえ」と回答した
30.8%(88名)が緊張のため手が動かなかった経験
はしていなかった。「はい」と「いいえ」の回答率
には有意差が認められ(χ
⑴=42.308, p<.001),多
くの回答者が緊張のため手が動かなかった経験をし
ていた。
B.イップスの自覚
自身の投・送球イップスの自覚について「イップ
スである」「イップス傾向である」「イップスでは
ない」選択で回答を求めたが,「イップスである」
と回答したのは有効回答者(287名)の6.6%(19名)
であり「イップス傾向である」と回答したのは
27.2%(78名)「イップスではない」と回答したの
は66.2%(190名)であり,つの回答項目への回
答率に有意差が認められた(χ
=157.721,
p<.001)。イップスではない者が最も多かったが,
イップスやイップス傾向と自覚する者が33.8%存在
した。
なく,イップス傾向であると自覚する選手も存在す
ると推測する。そこで,自身の投・送球イップスの
自覚について「イップスである」「イップス傾向で
ある」「イップスではない」選択で回答させた。
「イップス」「イップス傾向」と自覚する選手の
特徴
イップスの自覚に関する質問項目で「イップスで
ある」もしくは「イップス傾向である」と回答した
者に対してのみ,以下の質問項目に対する回答を求
めた。初めに,イップスが始まった年齢,ならびに
イップスが続いた年数を回答させた。
.イップスが発症したきっかけ
イップスが始まったきっかけの有無を「特になし」
「あり」の選択で尋ねた。
.イップスの対処
対処の有無について「対処した(対処している)
「対処していない」の選択で回答させた。
.イップスの相談相手
イップスについて相談する相手が誰であるかを
「チームメイト」「監督・コーチ」「その他(自由記
述欄あり)」の中から選択させた。
.イップスによる競技離脱
イップスが原因で競技離脱を考えた経験があるか
について「ある」「なし」選択で回答を求めた。
.チームメイトのイップスについて
イップス非経験者を含めた回答者全員に対して,
イップスまたはイップス傾向を有するチームメイト
の有無を「いる」「いない」選択で回答させた。
この質問に「いる」と回答した者は,イップス症状
が始まったきっかけの有無を「特になし」「あり」
選択で尋ね,対処の有無についても「対処した
(対処している)「対処していない」の選択で回
答させた。また回答者全員に対して,チームメイト
からイップスの相談を受けたことがあるかについて
「はい」「いいえ」の選択で回答させた。加えて,
どれくらいの女子大学生ソフトボール選手がイップ
スである(イップス傾向にある)と思うかという質
問項目に対して∼100%で推測値を回答させ
た。質問項目はチームメイトのイップスに関する認
知の実情を把握するために研究実施者が独自に作成
した。
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5ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
答を求めた。きっかけの有無ではイップス自覚群
(19名)のうち68.4%(13名)が「あり」31.6%
名)が「特になし」と回答していた。また,イップ
ス傾向自覚群(74名)では,51.4%(38名)が「
り」48.6%(36名)「特になし」と回答していた。
対処の有無ではイップス自覚群(18名)の「対処
した(対処している)という回答が61.1%(11名)
「対処していない」が38.9%(名)であった。そ
して,イップス傾向自覚群(70名)では,「対処し
た(対処している)」が65.7%(46名)「対処して
いない」が34.3%(24名)であった。これらの各質
問項目に対して,イップス自覚群とイップス傾向自
覚群の回答率を比べるためにχ
検定を行ったが有
意差がみられなかった。
E.イップスの相談相手
相談相手については「チームメイト」「監督・コー
チ」「その他(自由記述欄あり)」の選択で回答さ
せたが,イップス自覚群,イップス傾向自覚群とも
に「チームメイト」への相談が多く,イップス自覚
(20名)が70.0%(14名)イップス傾向自覚群(73
名)では65.8%(48名)となっていた。また,「監督・
コーチ」という項目は,イップス自覚群(20名)は
10.0%(名),イップス傾向自覚群73名)が
11.0%(名)となっていた。「チームメイト」「監
督・コーチ」「その他」の各回答項目に対するイッ
プス自覚群とイップス傾向自覚群の回答率の差を比
べるためにχ
検定を行ったが有意差はみられな
かった。そして,「その他(自由記述欄あり)では,
イップス自覚群(20名)の20.0%名)が回答し,
自由記述欄では「相談していない」親や兄などの「家
族」といった回答があった。イップス傾向自覚群(73
名)では23.3%(17名)が「その他」と回答してい
た。自由記述欄では,「相談していない」の他に「親」
「友人」「先輩」「イップスだと気づかなかった」と
いう回答があった。
F.イップスによる競技離脱
イップスが原因で競技離脱を考えた経験があるか
について「ある」「なし」選択で回答を求めた。
イップス自覚群(19名)は42.1%(名)が「ある」
と回答し,47.4%(名)が「なし」,と回答して
いた。また,イップス傾向自覚群(75名)「ある」
C. 「イップス」「イップス傾向」と自覚する選手の
特徴
自身の投・送球イップスの自覚に対する質問項目
で,「イップスである」もしくは「イップス傾向で
ある」と回答した者にのみ「イップスが始まった年
齢」「イップスが続いた年数」「きっかけの有無」「対
処の有無」「相談相手」「イップスが原因で競技離脱
を考えた経験があるか」について回答を求めた。ま
た,「イップスである」と回答した19名の対象者を
イップス自覚群,「イップス傾向である」と回答し
た78名の対象者をイップス傾向自覚群とした。
まず,イップス自覚群とイップス傾向自覚群それ
ぞれのソフトボールの平均競技年数はイップス自覚
群が9.9±2.9年,イップス傾向自覚群が9.8±2.9年
であった。次に,イップスが始まった平均年齢につ
いてはイップス自覚群が16.8±2.4歳から始まり,
イップス傾向自覚群が16.9±2.3歳から始まってい
た。また,ソフトボールを始めてからイップスが発
症するまでの平均年数はイップス自覚群が7.4±3.6
年,イップス傾向自覚群が6.6±3.1年であった。
次にイップスが続いた年数について,現在は続い
ていないが「イップスが続いた年数」,イップスが
現れてから「現在も続いている」という年数,「そ
の他(自由記述欄あり)で回答を求めた。その結果,
イップス自覚群である18名のうち名が「イップ
スが続いた年数」を平均で1.8±0.5年続いたと回答
していた。また,13名が「現在も続いている」と
回答し,イップスが続いている年数は平均で3.1±
2.4年であった。また,名は「その他」と回答し,
自由記述部分で「時々なる」と答え,常にイップス
が現れる訳ではないことを記述していた。イップス
傾向自覚群では,70名の回答者のうち30名が平均
で1.39±1.08年「イップスが続いた」と回答してい
た。さらに,31名は「現在も続いている」と回答し,
イップスが平均で3.0±2.6年続いていると回答し
た。そして,名は「その他」と回答し,「時々出る」
ヶ月前後」「場合による」という自由記述があっ
た。
D.イップスが発症したきっかけ
きっかけの有無については「特になし」「あり」
選択で尋ね,対処の有無については「対処した
(対処している)「対処していない」の選択で回
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と回答したのが14.7%(11名)「なし」と回答した
のが85.3%(65名)であった。イップス自覚群とイッ
プス傾向自覚群の回答率の差を比べるχ
検定を
行った結果,有意差が認められ(χ
=8.874,
p=.003),残差分析にも有意差がみられた。「ある」
に対する回答率はイップス自覚群がイップス傾向自
覚群よりも有意に高く(p<.01)「なし」に対する
回答率はイップス傾向自覚群がイップス自覚群より
も有意に高かった(p<.01)。イップス自覚群はイッ
プス傾向自覚群に比べ競技離脱を考えた経験が多
かった。
G.チームメイトのイップス
イップス非経験者を含めた回答者全員に対して,
イップスまたはイップス傾向を有するチームメイト
の有無を「いる」「いない」選択で回答させた。
その結果,有効回答者(283名)のうち67.8%(192
名)が「いる」,32.2%(91名)が「いない」と回
答し,「いる」と「いない」の回答率に有意差が認
められた(χ
⑴=36.046, p<.001)。チームメイトに
イップスまたはイップス傾向の選手が存在すること
を約70%の回答者が認めていた。
イップスまたはイップス傾向を有するチームメイ
トの有無で「いる」と回答した者に,その選手のイッ
プスが続いた年数について,現在は続いていないが
「イップスが続いた年数」イップスが現れてから「現
在も続いている」という年数,「その他(自由記述
欄あり)」の中から回答させた。有効回答者181名
のうち31名が平均で1.3±1.0年「イップスが続いた」
と回答し,111名はイップスが現れてから「現在も
続いている」と答えていた。また,39名が「その他」
と回答しており,「期間はわからない」「たまになる」
「公式戦前や緊張状態のとき」「試合前など稀にみら
れる」といった自由記述があった。
次に,チームメイトのイップスが始まったきっか
けの有無を「特になし」「あり」の選択で尋ね,
対処の有無についても「対処した(対処している)
「対処していない」の選択で回答を求めた。その
結果,きっかけの有無では有効回答者243名のうち
63.0%(153名)「特になし」37.0%(90名)「あ
り」と回答し,「特になし」と「あり」の回答率に
有意差が認められた(χ
⑴=16.333, p=.001)。イッ
プスが始まったきっかけがある者もみられたが,「特
になし」という回答の方が多かった。対処の有無に
ついては,回答者198名のうち65.2%(129名)「対
処した(対処している),34.8%(69名)が「対処
していない」と回答し,回答率に有意差が認められ
た(χ
⑴=26.064, p=.001)。イップスまたはイップ
ス傾向のチームメイトが何らかの対処を行っている
ことを把握していることがわかった。
回答者全員に対して,チームメイトからイップス
の相談を受けたことがあるかについて「はい」「い
いえ」の選択で尋ねた。その結果,有効回答者数
229名のうち27.5%(63名)「はい」と回答し,チー
ムメイトからイップスの相談を受けた経験があっ
た。しかし,72.5%(166名)「いいえ」と回答し,
チームメイトからイップスの相談を受けた経験がな
かった。「はい」と「いいえ」の回答率に有意差が
認められ(χ
⑴=60.046, p<.001),チームメイトか
らイップスの相談を受けた経験がない者が多かっ
た。そして,どれくらいの女子大学生ソフトボール
選手がイップスである(イップス傾向である)と思
うかという項目に対して∼100%で回答を求めた
ところ,推測値の平均が27.9±17.1%であった。し
かし,実際に「イップスである」と回答したのは全
(287名)の6.6%(19名)「イップス傾向である」
という回答は27.2%(78名)で合計が33.8%となっ
ており,推測値(イップスもしくはイップス傾向を
有するチームメイトを予想した割合)よりも実測値
(実際にイップスであるまたはイップス傾向である
と回答した選手の割合)の方が大きかった。
Ⅳ.考察
本研究では,関西女子ソフトボール部リーグに
所属する287名を対象に,アンケートを用いて,ソ
フトボールにおけるイップスの実情を把握すること
を目的とした。
A.緊張経験の有無
松田23が中学・高校・大学の陸上選手に行った調
査では,93%の選手が試合時に緊張経験を有する
ことが報告されている。本研究では,有効回答者の
97.9%が過去の大会での緊張経験を有していた。し
たがって,先行研究と同様の結果が得られ,ソフト
ボール選手でも多くの選手が大会などでは緊張を経
験していた。試合の重要性や他者からの評価など緊
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7ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
C. イップス,およびイップス傾向と自覚する選手
の特徴
イップスの自覚に対する質問で「イップスである」
と回答した対象者をイップス自覚群,「イップス傾
向である」と回答した対象者をイップス傾向自覚群
として以下の比較を行った。まず,ソフトボールの
平均競技年数やイップスが始まった年齢について両
群に差はみられなかったが,イップスが始まった年
齡については両群とも16歳前後からイップスが現
れる選手が多かった。16歳前後というのは中学
年生から高校年生にあたる。さらに,対象者の半
分以上が高校生の期間に全国大会を経験しているた
め,中学校から高校への進学とともに競技レベルが
上がり,レギュラー争いが激しいチーム内の環境や
人間関係,さらには全国大会などの重要な試合に出
場することへの緊張やプレッシャーなどによって
イップスが現れた可能性がある。さらに,ソフトボー
ルを始めてからイップスが発症するまでの平均年数
については,イップス傾向自覚群が平均6.6年に対
し,イップス自覚群は平均7.4年であった。イップ
ス傾向の症状が発症してからその改善を行わずに競
技を続けることにより,症状が悪化しイップスへと
進行している症例もあるのではないかと考えられ
る。
さらに,イップスが続いた年数について,「イッ
プスが続いた年数」をイップス自覚群は平均1.8年,
イップス傾向自覚群は平均1.4年続いたと回答して
いた。「現在も続いている」という年数はイップス
自覚群が平均3.1年,イップス傾向自覚群が平均3.0
年続いていると回答していた。両群に大きな差はみ
られなかったが,イップス自覚群の方が「現在も続
いている」と回答した割合が高かった。したがって,
イップス傾向であるときは症状が改善しやすい可能
性があるが,イップスへと進行することにより改善
が難しくなると考えられる。また,両群とも症状を
発症してから約年間その症状が続いている。イッ
プス傾向自覚群は症状が改善されずにさらに症状が
進行する可能性があり,イップス自覚群への治療や
対処だけでなく,イップス傾向自覚群に対する対応
も重要であると考えられる。また,イップス傾向自
覚群では「その他(自由記述欄)への回答も多く,
常にイップスが現れるのではなく,特定の状況や環
境などに置かれたときに症状が現れることが分かっ
張の要因は様々であるが,適度な緊張や興奮の覚醒
水準であるときには最適なパフォーマンスを発揮
し,過度の緊張や興奮はパフォーマンスを低下させ
てしまう逆U字理論がある。本研究では69.2%の回
答者が緊張のため手が上手く動かなかった経験を有
することも明らかとなった。ソフトボール選手の多
くがイップスに限らず緊張により手がうまく動かな
くなり,投動作が乱れることで投・送球のパフォー
マンスの低下に繋がることが予想される。
B.イップスの自覚
イップスとは,「緊張のために身体がかたくなっ
てしまい,うまく動作ができない」ことや,精緻
な運動技能に影響を及ぼす心理・神経・筋障害
いうように様々な定義がなされている。本研究で
は,これらの定義に拘ることなく,調査対象者自身
がソフトボールを行ってきた中で考える自己や他者
のイップスについて調べるために,イップスについ
て明確な定義を設けずに調査を実施した。そのよう
な中,イップスの自覚については「イップスである」
という回答が6.6%,「イップス傾向である」という
回答が27.2%であり,イップスまたはイップス傾向
を自覚する者の割合は約34%であった。さらに
69.2%が緊張により手がうまく動かなかった経験を
していたが,そのうち6.6%は手がうまく動かない
ことをイップスと捉え,27.2%がイップス傾向と捉
えていることが分かった。
高いスキルレベルを有するゴルフ選手を対象とし
た調査では,28%24,52%25の選手がイップスを患っ
た経験を有することが報告されている。また,中学
生野球部員を対象とした調査では,42%の選手が
イップス(投・送球障がい)兆候を有することが示
されている14。さらに,大学や高校の野球選手を対
象とした調査では,相手が完全に捕球できないよう
な暴投をすることやボールを地面に叩きつけてしま
うことがか月以上続いた選手が%いることも報
告されている22。各研究におけるイップスやイップ
ス傾向の定義の違い,調査対象者のスキルレベルの
違い,さらには,ゴルフ,野球,ソフトボールの種
目特性の違いはあるが,女子大学生ソフトボール選
手においてもゴルフ選手や野球選手のように多くの
選手がイップス経験を有していると考えられる。
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8 稲田,田中
る。対処をしていない34∼39%に関しては,イッ
プスの症状が軽度であるために対処していない可能
性も考えられる。
F.イップスの相談相手
イップスはメンタルが弱いなどといったマイナス
なイメージを持つ人も少なくない。また,イップス
であることを他チームに知られると戦略を考える上
で自チームにとって不利になる可能性もある。自
チーム内でのレギュラー争いにおいても,イップス
であることを指導者はマイナス要素と捉えるため,
選手には不利な材料となる。そのため,他者へのイッ
プスの相談は選手にとって慎重になる事項であり,
誰に相談するかもイップスである選手にとっては重
要なことと考えられる。本研究の結果では,イップ
ス自覚群,イップス傾向自覚群ともに「チームメイ
ト」へ相談したという回答が多かった。「チームメ
イト」の次に「その他(自由記述欄あり)」となっ
ており,自由記述欄では親や兄といった家族,さら
には友達といった競技に直接関わらない者への相談
が多かった。さらに,「監督・コーチ」への相談は
10%程度に留まった。選手起用などに直接関わる
指導者にはイップスであるということを開示しにく
く,競技に直接関与しない家族や友達,身近でコミュ
ニケーションを取りやすいチームメイトへの相談が
多かった。
G.イップスによる競技離脱
イップスにより競技を引退する選手は少なくな
い。イップスという言葉を初めに使ったプロゴル
Tommy Armour1920∼ 30
し,全米オープン,全米プロ,全英オープンを制し
た実績を持つが,イップスのために引退を余儀なく
された選手である。また,イップスは他の競技で
も競技離脱へと繋がっており,その中にはソフト
ボールや野球も含まれる。本研究では,イップス自
覚群(42.1%)とイップス傾向自覚群(14.7%)と
もにイップスが原因で競技離脱を考えた経験がある
という回答がみられ,イップス自覚群はイップス傾
向自覚群に比べ,症状が原因で競技離脱を考えた経
験があると回答した者が多かった。投球や送球が必
要であるスポーツであるため,イップス傾向である
症状から改善されずにイップスへと進行することに
た。
D.イップスが発症したきっかけ
イップスの発症は,内的要因と外的要因の両方に
起因する。試合での暴投や監督・先輩などからのプ
レッシャーといった外的要因や,選手の心理的特徴
といった内的要因などが組み合わされて発症すると
考えられている15。本研究では,イップスが発症し
たきっかけの有無に対して,イップス自覚群とイッ
プス傾向自覚群の半数以上がきっかけありと回答し
ていた。両群の間に回答率の有意差はなかったが,
両群とも半数以上は何らかのきっかけによりイップ
スを発症させることが分かった。また,両群ともきっ
かけがないという回答もみられた。イップスに似た
運動障害であるジストニアは「身体の学習−これを
神経の可塑性と呼ぶ−が過度に進んだ状態」のなか
で生じるとされている。ジストニアは,きっかけ
はなく一定の動作を過度に反復することで症状が現
れる。イップスまたはイップス傾向を自覚している
ものの,きっかけがなくイップスを発症するという
ことは,過度の動作反復や長年の過剰練習の蓄積に
よるジストニアの可能性も考えられる。
E.イップスの対処
岩田ほか10は,イップスに陥った選手に行った自
律訓練法の有効性に加え,運動動作訓練やカウンセ
リングを併用することの有効性も報告している。ま
た,西野ほか11が行った調査では,とにかく投げ
る練習をしたという回答が多かったことが報告され
ている。本研究では対処の有無について,イップス
自覚群とイップス傾向自覚群の回答率に有意な差は
みられなかったが,両群とも60%以上が「投げる
練習をする」や「何も考えないようにする」といっ
た対処をしているが,34∼39%は対処していない
ことが明らかとなった。イップスの原因が心理面に
あるのか,もしくは技術面の問題であるのかについ
てはっきり分からないまま練習に取り組んでいる可
能性がある。自律訓練法などの心理療法をスポーツ
の練習時や試合場面で取り入れるのは難しいが,何
らかの対処をすることはイップスを改善するために
必要と考えられる。また,両群の60%以上は対処
をしているにも関わらず,症状が改善されずに競技
を続けているということも本研究の結果は意味す
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9ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
てイップスを患っていると認識されやすいが,イッ
プス傾向自覚群の選手はイップスを有していると認
識されにくいことを反映しているかもしれない。
I.本研究の課題や今後の研究への提案
野球やゴルフなどのイップスの調査研究では,
様々な年齢,スキルレベル,男女を対象に調査が行
われている。しかし,本研究は女子大学生ソフトボー
ル選手のみを対象とした調査であった。女子大学生
ソフトボール選手のみの調査では,調査の対象範囲
が狭く,ソフトボールのイップスの実情を広く把握
できたとは言い切れない。そのため,ソフトボール
においてもさらに対象の範囲を広げた調査を行うこ
とによって,本研究の結果以上により広範囲かつ詳
細にソフトボールのイップスの実情を把握すること
が可能になると考えられる。
また本研究では,各調査対象者がソフトボールを
行ってきた中で考える内的基準を基に自己や他者の
イップスに対する認知を調べることを目的とし,
イップスの明確な定義を行なわずに調査を実施し
た。イップスの定義を提示することによって回答に
バイアスがかかることを危惧し,このような方法を
採用したが,定義がないことで各調査対象者が回答
するうえでのイップスやイップス傾向の基準が曖昧
であるという問題も有していた。ベースボール型と
いう種目特性の近い野球に関するこれらの先行研究
に倣い,イップスの定義を明示し,イップスの外的
基準を設けたなかでソフトボールにおけるイップス
の実情を把握する研究を今後は行うことが求められ
る。
また今後の研究では,本研究によって得られたソ
フトボールにおけるイップスの実情を参考にしたう
えで,イップスの症状の度合いを客観的に評価でき
る尺度を作成する必要性を提案したい。野球におい
ては既に,内田22 や賀川,深江14 が中学・高校・大
学の野球選手を対象とした調査を基に,野球におけ
るイップス評価尺度の作成が試みられている。先述
の通り,ソフトボールと野球は投・送球時に求めら
れる運動制御が異なる点も多々あるため,ソフト
ボールに特化したイップスの評価尺度を開発するこ
とにも意義がある。イップスを患った選手自身や選
手を取り巻くチームメイトや指導者などが利用可能
なソフトボールのイップス評価尺度を作成すること
よって競技離脱に至る症例があるかもしれない。
H.チームメイトのイップス
本研究では,非イップス経験者を含む回答者全員
に,イップスまたはイップス傾向を有するチームメ
イトの有無について尋ねた。その結果,約70%が
イップスまたはイップス傾向のチームメイトの存在
を認めていた。70%がイップスを持つチームメイ
トを認識しているということは,ソフトボールでも
イップスを持つ選手は珍しいものではなく,ほとん
どのチームにイップスを持つ選手が存在することを
表している。
また,イップスが始まったきっかけについて,イッ
プス自覚群やイップス傾向自覚群でのきっかけは
「あり」という回答が多く,何らかのきっかけによ
りイップスが始まっていた。しかし,チームメイト
へ質問した結果は「特になし」という回答が多かっ
た。これは,チームメイトは気づきにくい些細な出
来事も,イップスまたはイップス傾向の症状を自覚
する者にとってはイップスを引き起こす原因となり
得ることを意味する。さらに,対処については「対
処した(対処している)という回答が多かった。チー
ムメイトは,チーム内でイップスを有する選手の症
状が改善されてはいないが,何らかの対処を行なっ
ていると把握していた。
また,チームメイトからイップスの相談を受けた
経験があったのは27.5%で,相談を受けたことがあ
るという回答が少ない結果であった。チームメイト
というのは仲間であるが,上述の通りレギュラー争
い等のライバルという認識もあるため,チームメイ
トにイップスの相談をしにくいことを反映している
かもしれない。また,イップスを有することを打ち
明けることで,メンタルが弱いなどといったネガ
ティブな評価を受けるため,イップスであることを
相談しにくい可能性も考えられる。
そして,どれくらいの女子大学生ソフトボール選
手がイップスまたはイップス傾向であると思うかと
いう項目への回答の平均回答率は27.9%であった。
しかし,実際には上述の通りイップスまたはイップ
ス傾向であると回答したのは約34%となってお
り,チームメイトの推測よりも実際にイップスを有
する選手は多いとことが明らかとなった。本研究に
おけるイップス自覚群の選手はチームメイトに対し
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10 稲田,田中
プスもしくはイップス傾向を有するチームメイトを
予想した割合)よりも実測値(実際にイップスであ
るまたはイップス傾向であると回答した選手の割
合)の方が大きかった。イップス自覚群の選手はチー
ムメイトに対してイップスを患っていると認識され
やすいが,イップス傾向自覚群の選手はイップスを
有していると認識されにくいことを反映しているか
もしれない。
本研究では女子大学生ソフトボール選手のみの調
査であったが,さらに対象の範囲を広げた調査を行
うことによって,本研究の結果以上にソフトボール
のイップスの実情を詳細に把握することが可能にな
ると考えられる。また,今後の研究では本研究の結
果を活用し,野球とは異なる競技特性を有するソフ
トボールオリジナルのイップス評価尺度を作成して
いく必要がある。イップスを患った選手自身やチー
ムメイト・監督などが,ソフトボールにおけるイッ
プス評価尺度を利用することにより,イップスの早
期発見をしたうえで,その対処に取り組み,改善に
も繋げられるようになると考えられる。
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や改善も的確に実施できるようになると考えられ
る。
Ⅴ.まとめ
投・送球の距離が近くなるなどのある状況になる
と,相手に正確にボールを投げられなくなることが
あり,ソフトボールや野球ではイップスと呼ばれて
いる。近年では,ソフトボールや野球以外にも,他
のスポーツ種目でもイップスがみられることが報告
されている。また,音楽家や外科医などの手
指を頻繁に使う職業でみられ,職業性ジストニアと
呼ばれている。野球やゴルフを中心に,イップスの
実態を把握する調査研究が行われているが,アス
リートがイップスをどのように把握しているのかと
いうことに加え,学術的定義がかけていることも指
摘されている19,20,21。そして,ソフトボールは野球
と同じベースボール型の種目ではあるが,塁間など
の距離やルール,道具が異なる。これらの違いから
野球における投・送球とは異なる運動制御が求めら
れる。そのため,ソフトボールのイップスに関して
も独自にその実情を把握する調査が必要と考え,本
研究では関西女子ソフトボール部リーグに所属す
る287名を対象としたアンケート調査を行い,ソフ
トボールにおけるイップスの実情を詳細に把握する
ことを目的とした。
結果として,イップスの自覚について「イップス
である」と回答したのは有効回答者の6.6%で,「イッ
プス傾向である」と回答したのは27.2%,「イップ
スではない」と回答したのは66.2%であり,つの
回答項目への回答率に有意差が認められた。イップ
スではない者が最も多かったが,イップスやイップ
ス傾向と自覚する者が約34%存在した。また
69.2%が緊張により手がうまく動かなかった経験を
していたが,そのうち6.6%は手がうまく動かない
ことをイップスと捉え,27.2%がイップス傾向と捉
えていることが分かった。
また,どれくらいの女子大学生ソフトボール選手
がイップスである(イップス傾向である)と思うか
という項目では,回答の平均が約28%であった
しかし,実際に「イップスである」と回答したのは
全体の6.6%,「イップス傾向である」という回答は
27.2%で合計が約34%となっており,推測値(イッ
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11ソフトボールのイップス―選手の主観に関する実情調査―
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