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日本の医学博士論文に潜む 7.5%のハゲタカ OA

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1.はじめに 本連載の佐藤担当分は初回で OA メガジャーナル,2 回 目で APC を扱ったわけで,次はハゲタカ OA の話をする と予想している方もいるかも知れない(予想を立てような んて物好きがいれば。1 人くらいはいるんじゃないだろう か) 。おめでとうございます,正解です。 APC を徴収する,OA 査読誌を装いつつ,実態はろくな 査読をせずに APC 収入だけを目的とする, Predatory OA, いわゆるハゲタカ OA については,現代の OA において避 けては通れない問題である。 オーストリア科学委員会は 「ハ ゲタカなんて大した問題じゃないよ,オーストリアの研究 者で影響受けてるのは 1%もいないよ」と声明を出してい るが 1) ,一方で 4 年前(2014 年)の時点でハゲタカ OA 掲 載論文は 40 万本以上,APC 総額は 7,400 万ドル程度と見 積もる試算も出されている 2) 。 このハゲタカ OA 問題の根っ こは研究者とその生産論文の増大にあり,対処法も考えら れていないではない…という話は『情報の科学と技術』 2016 年 4 月号掲載の拙稿 3) で取り上げたが, それらの対処 法は今のところ大きな効果を上げていないようで,問題は 特に収束していない。 これまでハゲタカ OA について日本で話題になることは 少なかったが,今年 4 月には毎日新聞の科学記事でも「イ ンターネット専用の粗悪な学術誌」としてハゲタカ OA の 問題が取り上げられた 4) 。実際にハゲタカ OA 出版者の住 所を訪ねた体当たり取材なのだが,その場所が関東の田ん ぼに囲まれた建物だったという。そこに南アジア系の男性 が実際にいて,OA 国際誌を刊行していると主張していた …というのだが,その OA 誌の「編集委員」に名を挙げら れている日本の研究者たちに取材したところ,誰も身に覚 えがなかったという。 日本とハゲタカ OA の関わりについて考える上で,もう 一つ気になるのは,当然,日本の研究者の投稿・掲載がど れくらいあるのか,である。噂レベルで,投稿してしまっ た人の話を聞くことはないではない。ただ,なにぶんセン シティブな問題なので,なかなか表には出しにくい。量的 調査をすればいいのだが,日々現れては消えるハゲタカ OA 誌を片っ端からチェックし,日本人らしき名前を特定 するのはなかなかに困難である。以前少しやってみたこと はあるのだが,作業の不毛さにすぐにやめた。 そこで発想を変えてみた。研究者だって本当なら名の知 れた雑誌に論文を出したいはずである。それにも関わらず ハゲタカ OA(とまでは知らなくとも,少なくとも定評の ない雑誌)に論文を出すというのは,なんらかの事情で至 急,論文業績を増やす必要がある等,必要に迫られたとき である。そのような場合の一番よくあるケースといえば, 博士論文の提出前であろう。多くの大学では博士号授与の 要件として,当該研究に関する論文が査読誌に 1 ないし数 本,掲載されていることを指定している。一刻も早く博士 号はとりたいが,なかなか論文が査読を通らない,という ときに,人はふらっと,ハゲタカ OA に惹きつけられてし まうのではないか?そんな仮説の下,我ながらかなり性格 が悪いことを承知の上で, 「博士号の授与要件に使われた= 博論の元になった論文に,ハゲタカ OA がどれくらい上 がっているか」を調べてみた,というのが今回のお話であ る。 2.日本の博論ハゲタカ調査:手法編 日本の博士論文すべてを対象にすることは不可能なの で,まずはハゲタカ OA が活動的な分野の一つ,医学分野 を対象に調査を行うこととした。CiNii Dissertations で授 与学位名に「医学」を含む博士論文のうち,2017 年に授与 されたもので,かつ本文が機関リポジトリで公開されてい るもの(公開されていないと確認しようがないので)を抽 出したところ,1,381 本がヒットした(検索は 2018 年 5 月 24 日に実施) 。それでもすべてをチェックするのは辛い ので,無作為に抽出した 200 本の博士論文を対象とし,実 際に本文をダウンロードした上で,その博士論文の元と なった業績が明記されているかどうかを確認した。雑誌名 等が明記されていた場合には,その雑誌名や,出版者名が ハゲタカ OA 批判の第一人者である Beall 氏のハゲタカ OA リスト(それ自体は公開停止されているが,有志が公 開を継続・更新しているもの 5)6) )に掲載されているかを チェックする…という作業を学生アルバイトに依頼した。 作業結果は著者自身でも確認し,誤判定は修正している。 *さとう しょう 同志社大学免許資格課程センター 〒602-8580 京都市上京区新町通今出川上ル同志社大学渓 水館 315 号
情報の科学と技術 68 10 号,5115122018
511
連載:オープンサイエンスのいま
UDC 02000.000000.000
日本の医学博士論文に潜む 7.5%のハゲタカ OA
佐藤 翔
キーワード:オープンアクセス,オープンアクセス雑誌,ハゲタカ出版,博士論文
1.はじめに
本連載の佐藤担当分は初回で OA メガジャーナル,2
目で APC を扱ったわけで,次はハゲタカ OA の話をする
と予想している方もいるかも知れない(予想を立てような
んて物好きがいれば。1人くらいはいるんじゃないだろう
か)。おめでとうございます,正解です。
APC を徴収する,OA 査読誌を装いつつ,実態はろくな
査読をせずに APC 収入だけを目的とする,Predatory OA
いわゆるハゲタカ OA については,現代の OA において避
けては通れない問題である。オーストリア科学委員会は「ハ
ゲタカなんて大した問題じゃないよ,オーストリアの研究
者で影響受けてるのは 1%もいないよ」と声明を出してい
るが 1),一 方 で 4年前2014 年)の時点でハゲタカ OA
載論文は 40 万本以上,APC 総額は 7,400 万ドル程度と見
積もる試算も出されている 2)このハゲタカ OA問題の根っ
こは研究者とその生産論文の増大にあり,対処法も考えら
れていないではない…という話は『情報の科学と技術』
2016 4月号掲載の拙稿 3)で取り上げたが,それらの対処
法は今のところ大きな効果を上げていないようで,問題は
特に収束していない。
これまでハゲタカ OA について日本で話題になることは
少なかったが,今年 4月には毎日新聞の科学記事でも「イ
ンターネット専用の粗悪な学術誌」としてハゲタカ OA
問題が取り上げられた 4)。実際にハゲタカ OA 出版者の住
所を訪ねた体当たり取材なのだが,その場所が関東の田ん
ぼに囲まれた建物だったという。そこに南アジア系の男性
が実際にいて,OA 国際誌を刊行していると主張していた
…というのだが,その OA 誌の「編集委員」に名を挙げら
れている日本の研究者たちに取材したところ,誰も身に覚
えがなかったという。
日本とハゲタカ OA の関わりについて考える上で,もう
一つ気になるのは,当然,日本の研究者の投稿・掲載がど
れくらいあるのか,である。噂レベルで,投稿してしまっ
た人の話を聞くことはないではない。ただ,なにぶんセン
シティブな問題なので,なかなか表には出しにくい。量的
調査をすればいいのだが,日々現れては消えるハゲタカ
OA 誌を片っ端からチェックし,日本人らしき名前を特定
するのはなかなかに困難である。以前少しやってみたこと
はあるのだが,作業の不毛さにすぐにやめた。
そこで発想を変えてみた。研究者だって本当なら名の知
れた雑誌に論文を出したいはずである。それにも関わらず
ハゲタカ OA(とまでは知らなくとも,少なくとも定評の
ない雑誌)に論文を出すというのは,なんらかの事情で至
急,論文業績を増やす必要がある等,必要に迫られたとき
である。そのような場合の一番よくあるケースといえば,
博士論文の提出前であろう。多くの大学では博士号授与の
要件として,当該研究に関する論文が査読誌に 1ないし数
本,掲載されていることを指定している。一刻も早く博士
号はとりたいが,なかなか論文が査読を通らない,という
ときに,人はふらっと,ハゲタカ OA に惹きつけられてし
まうのではないか?そんな仮説の下,我ながらかなり性格
が悪いことを承知の上で,「博士号の授与要件に使われた=
博論の元になった論文に,ハゲタカ OA がどれくらい上
がっているか」を調べてみた,というのが今回のお話であ
る。
2.日本の博論ハゲタカ調査:手法編
日本の博士論文すべてを対象にすることは不可能なの
で,まずはハゲタカ OA が活動的な分野の一つ,医学分野
を対象に調査を行うこととした。CiNii Dissertations で授
与学位名に「医学」を含む博士論文のうち,2017 年に授与
されたもので,かつ本文が機関リポジトリで公開されてい
るもの(公開されていないと確認しようがないので)を抽
出したところ,1,381 本がヒットした(検索は 2018 5
24 日に実施)それでもすべてをチェックするのは辛い
ので,無作為に抽出した 200 本の博士論文を対象とし,実
際に本文をダウンロードした上で,その博士論文の元と
なった業績が明記されているかどうかを確認した。雑誌名
等が明記されていた場合には,その雑誌名や,出版者名が
ハゲタカ OA 批判の第一人者である Beall 氏のハゲタカ
OA リスト(それ自体は公開停止されているが,有志が公
開を継続・更新しているもの 5)6))に掲載されているかを
チェックする…という作業を学生アルバイトに依頼した。
作業結果は著者自身でも確認し,誤判定は修正している。
*さとう しょう 同志社大学免許資格課程センター
602-8580 京都市上京区新町通今出川上ル同志社大学渓
水館 315
E-mail: min2fly@slis.doshisha.ac.jp (原稿受領 2018.8.8
情報の科学と技術 68 10 号(2018
512
Beall のリストを使うことの妥当性には検討の余地があ
るが(だからこそ公開が停止されてしまったわけでもあ
る)そこは単純に「掲載されているから黒だ!」というの
ではなく,掲載誌の情報等を独自に確認もした。
3.日本の博論ハゲタカ調査:結果編
調査対象とした 200 論文中,そもそも全文があるものに
限定したはずなのに,全文へのリンクがない,あるいはダ
ウンロードに時間がかかりすぎて読めないものが 48 本存
在し,問題なく全文がダウンロードできたものは 152
76%)であった。アルバイトを依頼した学生(学部 1
生)のスキルやネット環境には大きな問題がないことを確
認しているので,これはこれで日本の博論公開や機関リポ
ジトリの問題として検討したいところだが,今回はとりあ
えず別の話である。全文を入手できた 152 本の中では,元
となった査読誌掲載論文の情報が本文のどこかに書かれて
いるものは 106 本(全文入手済みの約 70%)であった。
その 106 本中,Beall のリストに掲載されている,ハゲ
タカ OA と疑わしい出版者の雑誌に掲載されていたものは
8本(106 本中の約 7.5%)。この数字をどう判断するか
は難しいが,個人的には「あちゃー,けっこう出てきたな
あ…」というところである。「調べてみたけど 0本でした!
やったね!」という結果でも別に良かったのだが…。
8本の内訳を見ていくと,そのうち 4本と半数は”
Oncotarget”誌に掲載された論文を下敷きにしたもので
あった。同誌は確かに Beall のリストに掲載されている一
方で,Journal Citation ReportsJCRに収録され,2017
年には被引用数が大きく伸びている雑誌(Rising Star
のリストにも掲載されるなど 7),一定以上の評判も得てい
た。もっともその直後に JCR からは「採択基準を満たさ
なくなった」として除外されることになり,2017 年には
MEDLINE からも収録対象外とされるなど,現状ではやは
り問題のある雑誌とみなされていると言ってしまってよい
ものと考えられる。ただ,少なくとも 2017 年に学位授与
された博士論文の著者たちが,「ハゲタカ」とわかって投稿
していたとは断言できないだろう。
他の 4本についても,Beall のリスト掲載の出版者の刊
行誌掲載論文が元であり,かつどの出版者も著者が確認す
る限りでも確かに疑わしい点があった。中には米連邦取引
委員会から問題のある出版者,つまりハゲタカとしてまさ
に提訴されているところもあり,これは確実に黒であろう。
一方で,ALPSPAssociation of Learned and Professional
Society Publishers)や OASPAOpen Access Scholarly
Publishers Associationなど,著名な出版団体のメンバー
となっている出版者なども含まれており,これらを「ハゲ
タカ」と断じていいかは判断する本人の評価次第である。
Oncotarget”誌も含めて,ハゲタカかどうかは傍目には
なかなかわからない(それこそクラリベイト・アナリティ
クスですら判断を見直すほどに!)だからこそ査読の認証
の必要性等,客観的に外部からきちんとした査読の有無を
判断できる方法が必要視されているわけである。
4.おわりに
本調査はごく限られたサンプルを対象とするものである
が,少なくとも日本の研究者たちが「ハゲタカ OA」と無
縁ではない,ということは立証された。7.5%とはいえ,「ハ
ゲタカ」と目される雑誌の論文を元に,学位が授与されて
いる例が存在する。それが悪意(=ハゲタカという認識)
あってのことか,悪意なく引っかかった被害者なのかはわ
からないし,論文自体が一般的な査読に耐えうるものだっ
たのかもわからない。その「わからなさ」こそがハゲタカ
の大きな問題であり,いよいよゴシップ的に面白がってい
るわけにはいかなくなってきたようである。
註・参考文献
1) “The Austrian Science Board and the FWF Respond to the
Recent Media Reports on the Questionable Practices of
Several Scholarly Publishers”. Austrian Science Fund
FWF.
https://www.fwf.ac.at/en/news-and-media-relations/news/d
etail/nid/20180724-2314/, (accessed 2018-08-08).
2) Shen, C. et al. ‘Predatory’ open access: a longitudinal study
of article volumes and market characteristics. BMC
Medicine. 2015, vol.13, no.230.
https://doi.org/10.1186/s12916-015-0469-2,
(accessed 2018-08-08).
3) 佐藤翔.査読の抱える問題とその対応策.情報の科学と技術.
2016vol.66no.3p.115-121
4) 鳥井真平,池田知広.“ネット学術誌「出版社」の事務所で中
古車販売も”.毎日新聞.2018-04-02
https://mainichi.jp/articles/20180403/k00/00m/040/053000c,
(参照 2018-08-08).
5) “Potential predatory scholarly open-access journals”.
https://beallslist.weebly.com/standalone-journals.html,
(accessed 2018-08-08).
6) “Potential predatory scholarly openaccess publishers”.
https://beallslist.weebly.com/, (accessed 2018-08-08).
7) “Rising Stars from Essential Science Indicators”. Clarivate
Analytics.
https://clarivate.com/blog/science-research-connect/rising-s
tars-essential-science-indicators/, (accessed 2018-08-08).
Series: Current trend of open science: Some Japanese Ph.D students use predatory publishing7.5% of
randomized samples in medicines. Sho SATO (Center for License and Qualification, Doshisha University,
Keisuikan 315, Doshisha University, Shinmachi-dori Imadegawa-agaru, Kamigyo-ku, Kyoto-shi)
Keywords: Open access / Open access journals / Predatory publishing / Doctoral Thesis
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Background A negative consequence of the rapid growth of scholarly open access publishing funded by article processing charges is the emergence of publishers and journals with highly questionable marketing and peer review practices. These so-called predatory publishers are causing unfounded negative publicity for open access publishing in general. Reports about this branch of e-business have so far mainly concentrated on exposing lacking peer review and scandals involving publishers and journals. There is a lack of comprehensive studies about several aspects of this phenomenon, including extent and regional distribution. Methods After an initial scan of all predatory publishers and journals included in the so-called Beall’s list, a sample of 613 journals was constructed using a stratified sampling method from the total of over 11,000 journals identified. Information about the subject field, country of publisher, article processing charge and article volumes published between 2010 and 2014 were manually collected from the journal websites. For a subset of journals, individual articles were sampled in order to study the country affiliation of authors and the publication delays. Results Over the studied period, predatory journals have rapidly increased their publication volumes from 53,000 in 2010 to an estimated 420,000 articles in 2014, published by around 8,000 active journals. Early on, publishers with more than 100 journals dominated the market, but since 2012 publishers in the 10–99 journal size category have captured the largest market share. The regional distribution of both the publisher’s country and authorship is highly skewed, in particular Asia and Africa contributed three quarters of authors. Authors paid an average article processing charge of 178 USD per article for articles typically published within 2 to 3 months of submission. Conclusions Despite a total number of journals and publishing volumes comparable to respectable (indexed by the Directory of Open Access Journals) open access journals, the problem of predatory open access seems highly contained to just a few countries, where the academic evaluation practices strongly favor international publication, but without further quality checks.