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Review Article: Prof. Yasutami Shimomura "Challenge to open new horizons in Thailand - Eastern Seaboard Development Plan and Techocrat" JICA Research Institute. 書評「タイの新しい地平を拓いた挑戦ー東部臨海開発計画とテクノクラート群像」国際開発学会「国際開発研究」第26巻第2号

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Abstract

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下村恭民「タイの新しい地平を拓いた挑戦 東部臨海開発計画とテクノクラ
ート群像」(佐伯印刷()出版事業部、2017 年)
記憶のあり方、あるいは過去との向き合い方
島田剛
静岡県立大学
本書は単なる ODA の歴史の本ではない。成功物語でもない。ましてや過去に
ついてノスタルジックな追憶を述べた本でもない。むしろ、本書は「どうして経
済成長する国とそうでない国があるのか」、あるいは「どうすれば経済成長する
のか」という現在の国際開発を考える上で最も根元的な問いを巡る研究である。
どういうことだろうか?少しずつ見て行きたい。
本書で検証される事例は 1980 年代に世界銀行の強硬な反対を受け、タイ国内
の世論を推進派と反対派に二分しながら実施されたタイの東部臨海開発計画で
ある。東部臨海開発計画についてはこれまでも様々な論文が生み出されてきた
(例えば下村 2000; Mieno 2013; Hosono 2015 など)。これらの論文においてはタ
イ東部臨海開発計画がどれだけタイ経済の成長に寄与したかという点について
分析されてきた。
これまでの分析にはない本書の特色は次の 3点である。第1に著者自身に「当
事者性」がありつつも、同時に「客観性」を両立している点である。第 2には単
なる事例研究で終わらず「どうすれば経済成長するのか」という問いを深めて分
析がされている点である。特に後に 90 年代に入って行われた世銀・日本論争の
前哨戦になっている点は興味深い。3は我々が日本の ODA の歴史にどう向き
合い、何を忘れ、何を記憶していくのかを問いかけている点である。以下、この
3点について 1つずつ見ていきたい。
1. 当事者性と客観性
本書の特色の第1は「当事者性と客観性の両立」である。著者である下村恭民
氏は、JICA の前身である海外経済協力基金OECF)の バンコク首席駐在員とし
て世銀との対立、タイ国内の推進派と反対派の対立に向き合ったのである。その
ため、世界銀行のタイ事務所代表のキル・ハーマンズ氏、タイ国内での推進派、
反対派の国会議員や官僚達との交渉やり取りなどの記述が具体的で当事者でな
ければ書けない内容が含まれており、それ自身が貴重な記録になっている。
しかし記録として重要なだけではない。この本が優れているのは当事者であ
るが故に得られた経験や当時の記憶を、あえて意識的に距離を取り客観的に分
析している点である。その真骨頂は本書の第 2章から第 3章にかけて推進派・
中立派反対派の人々を逸話とともに描き出している部分である。おそらく下村
氏自身が当事者として、事態の解決に向けて奔走する中で各派のキーパーソン
と会いそれぞれの立場や真意を確かめ、協議を重ねていったのだろう。特に面白
いのは各自について出自や、それぞれの来歴から調べ、どうしてその個人がどの
ように合理的に自分の立場を選びとっているのか、その「動機」にまでふみこん
で考察されていることである(例えばプレーム首相の行動原理と、その『動機』
についての分析)
そこで描き出される「群像」は極めて興味深い社会心理ドラマを見ているよう
である。しかし読み進める上で気がつかされることがある。それは著者の「眼差
し」である。著者自身は日本側の現地責任者であった。当然、立場は推進派と最
も近かったはずである。しかし、本書の中では推進派も反対派も、対立する世銀
のハーマンズ代表のいずれにも深く肩入れすることなく、淡々と観察し、客観的
に分析をしていくのである。これは推測であるが、著者がそれぞれの立場をその
動機レベルまで遡って分析したのは、当事者として事態打開に向けてなんとか
交渉を進展させようとしていた最中ではないか。客観的に状況を観察、把握して
相手がどうした行動原理で動いているのか、つまり交渉の際にどのような対応
してくるのか先の先まで読んで交渉に臨んでいたのだろう。少なくとも本書は
そう思わせる迫力に満ちている。こうした当事者性と客観性を両立させるのは
簡単なことではなく、本書を特色のあるものにしているのである。
2. どうすれば経済成長するのか インフラを作れば成長するのか?
本書の特色の 2つ目は、「どうすれば経済成長するのか」という問いに対して
向き合っている点である。東部臨海開発計画は言うまでもなくインフラ開発事
業である。それでは、「インフラ開発をすれば貧しい国は豊かになれる」と考え
ていいのであろうか。本書を読む限り、そう物事は単純ではないようだ。この問
いを考える前に、本書は「歴史の流れ」の中ではどう位置づけられるかを振り返
っておきたい。
下村氏がタイでの勤務を終え、東京の OECF 本部に戻り、迎えたのが 1990
前半の「世銀日本論争」であった。産業政策が有効かどうかを巡って世銀と日
本が対峙し大論争に発展したのである。下村氏は日本側の理論的な中心であっ
た。こうした中で有名な世界銀行1994「東アジアの奇跡 経済成長と政府の
役割」が出されるのである。この論争は途上国開発を考える上で最も重要な論争
と言って良く、多くの論争がなされた(Shimada 2015; 2017a; 島田 2016)。 しか
し、この産業政策をめぐる論争は終わっていない。一時期、沈静化していたが、
その後、2000 年代後半になって世界銀行のチーフエコノミストになったジャス
ティンリンは世界銀行の内部からこの議論を仕掛け、大きな議論となり最終的
には世界銀行を去ることになってしまった(島田 2017そして、今も議論が続
けられている。つまり本書で問われているのは過去の事例によりながら、極めて
今日的(かつ根源的)な「どうすれば経済発展は可能なのか?なのである。
こうした歴史の時間の中で考えると、タイの東部臨海開発計画における世銀
との対峙は、下村氏が日本帰国後に待っていた 1990 年前半の「世銀日本論争」
の前哨戦として位置づけられるだろう。
「世銀・日本論争」における世銀側の論点はいくつかあるが、主な点は次の2
つである。1は、汚職など政治との関係で「政府は適切な産業政策はできない
のではないか」という批判。第 2は、「政府はそもそも優良な産業や企業を選別
する力はないのではないか」というものである。本書はタイのケースを分析する
ことによってこれらに答えている。
本書で東部臨海開発計画の成功要因として強調されているのは次の 2つであ
る。それは第 1に、「タイのテクノクラートが政治から切り離されていた」こと
である。それにより客観的に「明らかに効果の見込める事業」「効果を期待し
にくい事業」を明確に選別することが可能になったのである。そうした客観的な
分析によって、世銀も表立って異論を挟みにくくなり、反対論を抑えつつ計画を
軌道に乗せることができた、としている。つまり、政治的影響を遮断した有能な
テクノクラート集団の存在が重要であったということである。
2に強調されているのは、2つの側面でチェック・アンド・バランスが機能
したという点である。それによりこのプロジェクトでは汚職などがなかったの
である。2つの側面とは第1にタイ国内で反対派と推進派が互いにけん制しあう
状況である。第 2にはマスメディアの力である。反対派の世界銀行がタイ側に
送った書簡が推進派によってメディアにリークされ、変な動きをすると対立す
るグループによって、いつマスメディアに不利な情報を流されるかもしれない
という状況にあったからだ。つまり、「対立する両陣営の力の均衡」と「自由な
マスメディアによるチェック」との組み合わせが重要であったと議論している
のである
1
さらに重要な点は、インフラとしての東部臨海開発計画の産業政策上の位置
づけである。インフラ事業は諸刃の刃である。成功すると経済成長に繋がるが、
工業団地などが使われずに放置されることは日本国内でも少なくない。では、
のように政府はインフラ事業を選定すれば成功するのだろうか。それはインフ
ラ不足が民間セクターの成長のボトルネックになっている場合である。そうし
たボトルネックを取り除くことになる場合に、インフラは機能し経済成長につ
ながるのである。逆に十分な民間セクターの活力がない時に課題なインフラを
投資しても十分な効果が得られないことになる(こうした点を Otsuka et al.2017
TIFTraining-Infrastructure-Finance)戦略として提唱している)
本書ではタイが東部臨海開発計画を実施したのはまさに一次産品から製造業
への経済構造転換の時代であり、バンコクへの一極集中の解消と手狭になった
インフラ不足の解消を目的としていたことがとてもよく分かる。つまり、活力の
ある民間企業の活動と直接投資の流入、こうした条件が整っていたので、このイ
ンフラ開発は成功したのである。
今、サブサハラアフリカが同じ様に経済構造の転換へのチャレンジに直面し
ており、今後、タイと同じような課題に直面することは十分に考えられる。そう
した時にどのような対策や政策が必要かを考えるにあたって、本書で分析され
ているタイのこうした経験は参考になるだろう。
3. 我々は何を忘れ、何を記憶するか 選択としての歴史
本書の特色の3つ目は、この本は日本の ODA 史上、最も重要なプロジェクト
の1つを取り上げて単なる紹介ではなく、分析することにより「我々は何を歴史
として記憶すべきか」を問うているのだと思う。特に、上で触れたような推進派
と反対派の対立についての記述などは、長い年月を経たからこそ記述すること
が許されるという部分があると思う。多くのオーラルヒストリーの研究と同じ
1
かつては産業政策が白黒かという議論が目立ったが、近年は「どのような産業政策が良いの
か」という How の議論に変遷してきている(Noman and Stiglitz 2017;大野 2013。本書の分析
はこうした議論に対して、「政治的影響を遮断した有能なテクノクラート集団」「対立する両陣営
の力の均衡と自由なマスメディアによるチェック」があることが、産業政策には必要だと教えて
くれる。
く、まだ関係者の記憶が生々しすぎる間は発表できないものもある。しかし、
る一定の時間が経てばそれは記録として何らかの形で記憶する「しかけ」が必要
になってくるのである。歴史はただそこに在るものではなく、不断に作られもの
であり、時には作り変えられてしまうものだからである。
本書で語られる推進派と反対派の対立は当時、援助関係者の多くにとって
周知の事実であっただろう。しかし、それはいつしか忘れられる。著者も書いて
いる通り東南アジアで反日運動があったということも、まだ忘れられてはいな
いにせよ、多くの人にとっては遠い過去になりつつある。
一方、著者はタイにおいてネーション誌が東部臨海について特集記事を書
た際(2007 3月)のことに触れている。同誌が東部臨海を「タイの明日を決
めた瞬間」と評価しつつ日本の援助には触れなかったらしい。その点、著者は次
のとおり書いている。「成果を誇りに思えば思うほど『われわれ自身の手で(外
国人の手を借りずに)達成したのだ』と主張したくなる気持ちは理解できる。
いかえれば、日本の援助に全く言及しなかったからこそ、(中略)日本の援助の
成果を裏書きしたのだ」ここでは忘れることが積極的な意味を持って書かれて
いるのである。
何を覚え、何を忘れるかは我々が何者であるかを決めるだろう。我々は日本の
援助の歴史の何を忘れ、何を記憶するか。その選択には我々自身とは何者かが問
われているとのだと思う。それは我々自身のためであると同時に未来のためで
もある。
日本世銀論争もあれだけ国際的に注目されたにも関わらず、日本国内では今
は知る人も実は少なくなってきている。日本語で書かれた記録も実は少なく、
時、起こったことを我々は Robert Wade1996の「Japan, the World Bank, and the
Art of Paradigm Maintenance: The East Asian Miracle' in Political Perspective」などに
よって知ることができるだけであった。そうした中、下村氏は日本世銀論争に
ついても JICA 研究所の「日本の開発協力の歴史」研究の一環で執筆中と聞いて
いる。その刊行を一読者として待ち遠しい気持ちで待っている。
今後、さらに多くの実務家による記録が残ることを期待したい。
参考文献
大野健一(2013「産業政策のつくり方」、有斐閣.
島田剛(2017)書評「ジャスティン・リン『貧困なき世界』、経済セミナー4
5月号、日本評論社、東京。
島田剛2016)「 6回アフリカ開発会議TICAD VIから読み解く日本と世界
の未来――1993 年に日本で始まった 3つの試みからカイゼンまで」、シ
ノドス・ジャーナル(https://synodos.jp/international/182522016 11
30 日閲覧).
下村恭民2000)「 タイ東部臨海開発計画の変遷とその意味途上国のオーナー
シップと援助の有効活用」国際協力銀行『円借款事後評価報告書』国際
協力銀行・プロジェクト開発部.
世界銀行(1994「東アジアの奇跡−経済成長と政府の役割」、東洋経済新報.
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Shimada, Go. 2015. "The Economic Implications of Comprehensive Approach to Learning on
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Chapter
The Eastern Seaboard Development Plan (ESDP) was one of the largest infrastructure development projects in Thailand. Centred on the two major port facilities, Laem Chabang in Chonburi province and Map Ta Phut in Rayong province, it covered wide-ranging infrastructures including transportation, water utilities and industrial estates. Its purpose was to build up an industrial base for the next step of Thailand’s industrialization to strengthen labour-intensive industries and to create a heavy petrochemical industry utilizing natural gas in the Gulf of Thailand. The plan was initially designed in the late 1970s by the National Economic Social Development Board and was financed mainly by the World Bank and the government of Japan. As is discussed in Chapter 4 as well as Shimomura (2000, 2003), the execution process of the ESDP was characterized by much confusion and complicated domestic political conflicts and differences in the perceptions among the Thai government and the foreign donors. Nevertheless, the wide-ranging infrastructures in the plan doubtlessly contributed to Thailand’s remarkable industrialization since the mid-1980s and functioned as a central platform for the Thai economy.
Chapter
Industrialization is the key for sustainable economic growth in Africa. The role of industrial policy has been discussed intensively recently. This paper sheds light on the learning (or learning how to learn) aspect of industrialization policy, proposing a comprehensive approach. A great deal of past literature focuses only on the technological aspects of learning, but industrialization is a multi-faceted task, covering policy planning, policy implementation, and managerial knowledge. This paper took up a case from Ethiopia. The case study confirmed that learning on managerial knowledge improved performance of private firms. It also confirmed that policy learning expanded the policy scope of the government to help private sector development. These two aspects are inseparable, and this comprehensive approach should be used by donor countries for the industrialization of Africa.
Training-Infrastructure-Finance (TIF) Strategy for Industrial Development in Sub-Saharan Africa
  • Keijiro Otsuka
  • Tetsushi Sonobe
  • Fumiharu Mieno
  • Takashi Kurosaki
  • Go Shimada
  • Naohiro Kitano
  • Ken Odajima
  • Suguru Miyazaki
Otsuka, Keijiro, Tetsushi Sonobe, Fumiharu Mieno, Takashi Kurosaki, Go Shimada, Naohiro Kitano, Ken Odajima, Suguru Miyazaki. 2017. Training-Infrastructure-Finance (TIF) Strategy for Industrial Development in Sub-Saharan Africa. JICA Research Institute.
Industrial Strategies and Economic Transformation: Lessons from Five Outstanding Cases
  • Akio Hosono
Hosono, Akio. 2015. "Industrial Strategies and Economic Transformation: Lessons from Five Outstanding Cases." In Akbar Noman and Joseph Stiglitz, eds. Industrial Policy and Economic Transformation in Africa. New York: Columbia University Press.