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益崎 お忙しい中お集まりいただき,ありが
とうございます.肥満症の基礎研究の進歩はめ
ざましいものがありますが,臨床でどのくらい
効果があがっているかとなると,まだまだ
ギャップが大きいようです.我が国の肥満は軽
度なレベルから代謝異常や血管病のリスク,睡
眠時無呼吸のリスクが増加するという意味で,
海外における従来の肥満の捉え方とは異なって
います.
肥満に伴う様々な代謝合併症,血管合併症が
特徴づけられており,我が国から肥満症という
疾患単位を世界に先駆けて提唱してきました.
また,直接的には肥満との因果関係がなくても
深い関連があるという意味で,胆石症,静脈血
栓塞栓症,肺塞栓症,気管支喘息,胆道系や大
腸,乳腺,子宮内膜の癌が知られています.
本日は,基幹病院にお勤めの立場から関西電
力病院の矢部先生と横浜労災病院の松澤先生
に,臨床治験を含めた基礎研究と臨床研究の橋
渡しをされている立場から朝日生命成人病研究
所の大西先生に,大学病院からは佐賀大学の松
田先生にお越しいただきました.実地臨床に役
肥満症の日常診療:
最近のアプローチ・私の工夫
~栄 養・食 事・運 動・行 動 変 容・心 理・
生活リズムの観点から~
平成27年 1月 22日(木)収録
Discussion Meeting on Care and Treatment of Obesity Syndrome:Latest Approach through Nutrition, Diets, Exercise, Lifestyle Modification and
Psychological Aspects.
Hiroaki Masuzaki:Second Department of Internal Medicine, Division of Endocrinology, Diabetes and Metabolism, Hematology and Rheumatol-
ogy, Graduate School of Medicine, University of the Ryukyus, Japan.
Daisuke Yabe:Center for Diabetes, Endocrinology and Metabolism, and Center for Metabolism and Clinical Nutrition, Kansai Electric Power
Hospital, Japan.
Yukiko Onishi:Division of Clinical Trials, the Institute for Adult Diseases, Asahi Life Foundation, Japan.
Yoko Matsuzawa:Endocrinology and Diabetes Center, Yokohama Rosai Hospital, Japan.
Yayoi Matsuda:Division of Metabolism and Endocrinology, Faculty of Medicine, Saga University, Japan.
座談会
748 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
立つ診断・診療のヒント,先生方が経験された
肥満症の症例からの教訓,専門医に送るべき肥
満症とはどういうものなのか,さらに救急的対
応が必要な肥満症はどのようなものか,お話し
いただければ幸いです.
まず,我が国における肥満症の実態,メタボ
リックシンドロームの現状について,頻度や対
応策を含めてオーバービューいただきます.矢
部先生と大西先生,よろしくお願いします.
肥満症・メタボリックシンドロームの診療:
現状と課題
矢部 関西電力病院の矢部です.我が国で
は,諸外国と比較して,肥満の程度は軽く,国
民あたりの肥満者の割合も圧倒的に低い割合に
とどまっています.しかし,日本人は,比較的
低BMIでも糖尿病などの生活習慣病を発症しや
すいという特徴から,適正な体重管理が重視さ
れてきました.「健康日本21」では,適正体重
を維持する人の増加を目標に掲げましたが,肥
満男性の増加が依然問題です.20~60歳代男性
の肥満者(BMI 25以上の者)の割合は,1997
年 には 24.3% でし た が,2009 年 には 31.7% と
増加の一途を辿りました.直近の国民健康・栄
養調査では28.6%とやや頭打ちとなりました
が,労働生産性の高い40代,50代で肥満者が
多いことが課題です.一方,40~60歳代女性の
肥満者の割合は,1997年の 25.2%から2009年
には21.8%へと有意な減少を認め,直近の国民
健康・栄養調査でも20.3%と引き続き減少傾向
にあります.なお,女性では肥満の問題は一貫
して改善傾向にありますが,20代や30代で痩
せの割合が高い一方,50代以降で肥満者の割合
が高いことが問題です.低BMIでも生活習慣病
を発症しやすいという観点から,我が国では肥
満症という疾患概念を世界に先駆け提唱して,
生活習慣病の発症や重症化を予防すべく,国を
あげて特定健診・特定保健指導制度を導入し,
実績をあげつつあることも特筆すべき点です.
益崎 海外と比較すると日本人の肥満の程度
は非常に軽く,男女で動向に大きな違いがあり
ますね.男性の場合は肥満の若年化が進んでい
ます.この30年で肥満者は2倍に増えました.
一方,矢部先生のお話のように,女性は加齢と
ともに太っていく傾向を示しています.若年女
性では,むしろ痩せ過ぎが問題になっていま
す.肥満症の概念は治療をすべき肥満,換言す
れば,減量することで様々な健康障害の改善が
期待できる状態を指しており,健康な状態で皮
下脂肪をたくさん蓄えている人は病気でない,
という考え方です.日本肥満学会では,BMI
(body mass index)が 25を超えていて何らかの
健康障害を有している場合を肥満症とし,健康
障害はなくても,BMIが25を超えており,特に
内臓脂肪がたくさん溜まっている状態(臍高レ
ベルCT断面の内臓脂肪面積が100 cm2を超えて
いる場合)を“ハイリスク肥満”と位置づけて
治療介入のターゲットにしています.先ほどの
矢部先生のお話に対する御追加や症例経験な
ど,大西先生からよろしくお願いします.
大西 朝日生命成人病研究所の大西です.矢
部先生にほぼ網羅していただいたと思います.
つまり日本の現状では,40代,50代の男性は3
人に1人が肥満だということです.女性に関し
ては,高齢者で肥満に注意が必要で,70代に
益崎 裕章氏
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
749
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
なってくると4人に1人が肥満です.一方で矢
部先生もおっしゃるように,メタボリックシン
ドロームの有無は基準が海外と違うのですが,
日本のメタボリックシンドロームの診断基準で
みますと,実は男性の40~70 歳では「2人に 1
人」がメタボリックシンドローム,あるいはそ
の予備軍であり,先ほど申し上げた肥満の「3
人に1人」よりも比率が多いです.したがって,
BMI25以上の肥満も問題ですが,益崎先生や矢
部先生がおっしゃるように,肥満手前の時点で
すでに高血圧,高脂血症,あるいは糖代謝異常
などの問題を来たしているということを示して
います.これらの病態は心血管イベントリスク
になるので,メタボリック症候群および予備軍
は肥満に至る前段階から注意を要する,また心
血管イベント抑制のために介入のしがいのある
ポピュレーションなのではないかと考えます.
専門医に紹介すべき肥満症
益崎 オーバービューを踏まえ,どのような
肥満症を,御専門の先生に診てもらうべきか,
お話しいただければと思います.これには絶対
的正解はないと思いますが,高血圧症や内分泌
性肥満の観点から松澤先生にお話しいただきま
す.
松澤 横浜労災病院の松澤です.まず,肥満
は様々な代謝障害が伴ってきますので,代謝障
害が重篤であったり,難治性であったり,また
通常の治療に反応しがたいような場合,やはり
専門医が関与することが必要ではないかと思い
ます.
それから3度の肥満,つまりBMIが 35を超え
るような状態になってくると,代謝異常が重篤
化することに加えて,例えば睡眠障害,睡眠呼
吸障害や心不全,関節障害など特異的な病態が
みられるようになってきますので,やはり専門
医の診療が必要かと思います.それと,後ほど
もまた話題になるかと思いますが,肥満症の方
というのは心理的な問題を抱えていらっしゃる
方が非常に多く,そういう方に「がんばりなさ
い」というような通常の指導は逆効果になる場
合が多くありますので,心理的な問題が疑われ
る場合にもできるだけ早期に専門医の関わりが
必要だと考えます.
益崎 松澤先生のご専門である副腎や甲状腺
疾患で,専門医に診てもらうべき肥満症につい
て,具体的疾患と対応をお話しいただけますか.
松澤 内分泌疾患で二次性に肥満を来たすも
のとしては,やはりCushing症候群が最も代表的
です.それから,先端巨大症,あるいは甲状腺
機能低下症といったようなものが挙げられま
す.この中でも,特にCushing症候群というのは
非常に急速に進行したり,あるいは生命に関わ
るような重症な感染症を来たしたりすることが
しばしばありますので,これに関しては身体的
な特徴などを含めて,もし疑われれば直ちに専
門医にご紹介いただければと思います(表1).
益崎 長期間,放置されていた甲状腺機能低
下症によって重症肥満に陥っているケース,敗
血症に至るような深刻な感染症をくり返してき
た患者さんがCushing症候群であったというこ
とを経験しますね.矢部先生,いかがでしょう
か.
矢部 3度以上の高度肥満を伴う肥満症では
専門施設への紹介が必要でしょう.高度肥満の
矢部 大介氏
座談会
750 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
場合,適切な栄養・運動指導ならびに心理的支
援が重要ですが,一般内科の先生方が限られた
診療時間内にご自身で全てを行うことは現実的
でありません.肥満症のマネージメントに造詣
の深い医師や管理栄養士,理学療法士,臨床心
理士などがチームを形成している専門施設であ
れば,科学的根拠に基づく体系的な教育や食
事・運動療法の指導が可能です.ある程度軌道
に載った時点で一般内科の先生方に継続治療を
ご担当いただくのも方略ではないかと考えま
す.
益崎 松澤先生からお話しいただきましたよ
うに,重症肥満のケースではおよそ半数にう
つ,躁うつ,統合失調症,乖離性障害,不安障
害などを合併しているので,精神科の先生や心
理療法士の先生と連携し,心理的アプローチを
加える必要性を感じます.松田先生は,特に肝
臓代謝の観点から糖尿病や肥満症をご専門にさ
れていますが,肝臓を中心として捉えた場合,
プライマリー・ケアではなく,専門医に診ても
らうべき肥満症について教えていただけます
か.
松田 佐賀大学の松田です.肥満と大きく関
連がある肝疾患というと,NAFLD(nonalcoholic
fatty liver disease)です.NAFLDの中でも 20~
30%がNASH(non-alcoholic steatohepatitis)だ
といわれています.一概に肝機能の値やCT,超
音波検査での脂肪沈着の度合いだけでNASHが
否定できるというわけではなく,診断確定には
肝生検が必要ですので,NASHの診断は難しいと
いうご意見が多いかと思います.
しかし,NASHも見逃しますと,その一部は肝
硬変,肝細胞がんに進展します.また,NASHか
ら進展する肝細胞がんというのは,線維化があ
まり進んでいない症例でも肝細胞がんが発症す
ることがあり,NASHから発症する肝細胞がんの
35%は肝硬変に至っていない状態からの発症
といわれています.このことからもNASHのスク
リーニングは非常に重要です.
NAFLDの中でもBMI30以上の高度肥満では
NASHを疑います.また高齢女性はよりNASHに
進展しやすいので,高齢女性も注意が必要で
表1 肥満を合併する主な内分泌疾患
疾患名 肥満の基本的病態 臨床症状・
身体所見 検査所見 診断に有用な
画像検査 主な治療法
Cushing症候群
副腎または下垂体
腺腫からの自律的
コルチゾール過剰
産生
高血圧,糖尿病中
心性肥満,野牛肩,
満月様顔貌,赤色
皮膚線条
高血糖,血中コルチ
ゾール高値,ACTH
低値(副腎性の場
合),ACTH高値(下
垂体性の場合)
副腎腫瘍(CT)ま
たは下垂体腫瘍
(MRI)
腫瘍摘出術
先端巨大症
成長ホルモン(GH)
産生下垂体腫瘍に
よるGH過剰産生
高血圧,糖尿病,
四肢末端肥大,視
野障害,前額部突
出など
高血 糖,血 中IGF-1
高値,経口糖負荷試
験でGH抑制なし
下垂体腫瘍(MRI) 腫瘍摘出術
甲状腺機能
低下症
甲状腺ホルモン低
下による基礎代謝
低下,体液貯留
徐脈,非圧痕性浮
腫,うつ,寒がり
コレステロール高
値,CK高値,TSH高
値,FreeT4低値
甲状腺腫大,萎縮
など(エコー)
レボチロキシン
内服
インスリノーマ
低血糖回避目的の
過食,高インスリ
ン血症による脂肪
蓄積
低血糖発作,意識
混濁・意識消失
低血糖発作時の血
中CPR高値,カルシ
ウム動注試験でIRI
上昇
膵腫瘍(CT)など 腫瘍摘出術
多囊胞性卵巣
インスリン抵抗
性,アンドロゲン
過剰産生
月経異常,不妊,
男性化徴候
血中テストステロ
ン高値,またはLH高
値かつFSH正常
卵巣の多囊胞性変
化(エコー)
挙児希望の場合
クロミフェン,
メトホルミン
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
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日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
す.NASHにおいても他の肝疾患と同様に,線維
化が進展するにつれて血小板は減少しますが,
ウイルス性肝疾患などのその他の肝疾患と比較
すると血小板の値は比較的高いということがわ
かっています.NAFLDはStage 0から 4 に分類さ
れますが,Stage 3の状況でも血小板数は平均18
万から19万あります.したがって明らかに脂肪
肝がある方で血小板が20万を切った時点で,肝
臓の線維化があると疑う必要があります.
また,NASH拾い上げのための簡便なスコアリ
ングシステムであるNAFICスコアを用いること
も有用です.これは肝の線維化マーカーである
4型コラーゲン7Sと,フェリチン,空腹時血中
インスリンの値でスコアリングを行うもので,
4点満点中2点以上であればNASHの可能性が極
めて高くなります.以上のようなNASHの可能性
が高い方に関しては,専門医に紹介していただ
くことをお勧めします.
益崎 日本人の肥満症は,軽度肥満の段階か
ら糖尿病や睡眠時無呼吸の発症リスクが上がっ
てくる特性がありますが,NASHの場合も同様の
傾向が見られますか.
松田 やはり肥満度が高い方の方がよりリス
クも高くなります.実際,メタボリックシンド
ロームの診断基準の1つであるウエスト周囲径
(男性85 cm,女性90 cm)を満たす方は,半数
が脂肪肝を合併していると報告されています.
ただし,これまでの先生方のお話にもありまし
たように,我が国の肥満は軽度なレベル肥満で
も合併症を生じやすく,それはNASHでもいえま
す.BMI25以下でも,糖尿病や高血圧などの生
活習慣病がある方,また20歳時の体重と比べて
10 kg以上の増加があるような方,ここ1年で
3 kg以上の体重変化があるような方はNASHの
リスクが高いと考えていただく必要があります
(図1).
益崎 短期間に体重が増えるのはNASHにお
いてもよくないわけですね.
松田 そうですね.短期間での体重増加は脂
肪沈着を急激に進行させます.
図1
(谷川久一
久留米大学名誉教授
原図より改変)
高脂肪食
内臓脂肪の蓄積
内臓脂肪組織の炎症
サイトカインの分泌亢進
遊離脂肪酸の分泌亢進
肝臓での脂肪蓄積
生活習慣
運動不足
内因性エタノール増加
血中エンドトキシン増加
NASH
遺伝的素因
インスリン抵抗性
酸化ストレス
糖尿病
高インスリン血症
腸内細菌叢の変化
動脈硬化
高血圧
心疾患
脳血管障害
慢性腎臓病
肝細胞癌
全身における発癌促進
座談会
752 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
益崎 これまでに話題に挙がったもの以外
で,専門医が診るべき肥満症について,大西先
生からお話しいただけますか.
大西 地域の医療事情やエリアにおける専門
医の数,施設の数によると思いますが,BMI35
まで待たずとも,肥満があれば専門医がいて,
栄養士による栄養指導や運動療法士による運動
の指導を受けられ,心理療法士のサポートも得
られる体制の整った施設に一度ご紹介するとよ
いと考えています.BMIが35になる前に早く肥
満を脱することができるかもしれませんので,
状況が許せばBMIが30,時には25であっても栄
養士や運動療法士,心理療法士などがいる施設
に紹介すると,高度肥満の患者さんを減らせま
す.患者さんにとって,早い段階で肥満に介入
することは長期的な心血管イベント抑制にもつ
ながり,メリットが大きいと思います.ただ,
専門医の分布に関しては地域ごとに差がありま
すので,BMI30以上の患者さんを全員専門医に
紹介されると外来がパンクしてしまうという地
域もあるでしょう.栄養士のいない状況下,日々
の一般内科の診療の中で栄養に関する正しい知
識を少しずつ患者さんにつけていってもらうと
いうのは非常に効率が悪く,困難だと思いま
す.専門医が診なくとも,肥満指導に慣れた栄
養士に一度でもコンサルトすることが重要で効
率的ではないかと思います.栄養士の指導を受
けるのはBMI30でなくとも25でもよいケース
もあると思います.やはり患者さんの状況と地
域性も鑑みながら,その時々によって判断する
ことになると思います.
益崎 栄養・食行動の観点から,専門医に診
ていただくべき肥満症にはどういうものがある
か,矢部先生から御紹介いただけますか.
矢部 肥満治療において食事療法は極めて重
要な位置を占めますが,専門知識やスキルが必
要になります.例えば,低エネルギー食(low
calorie diet:LCD) や超低 エネル ギー食(very
low calorie diet:VLCD)では,タンパク質やビ
タミン,微量元素の十分な補充が原則です.不
足すれば体タンパクの崩壊や様々な代謝異常が
起こりかねません.過去に行われた絶食療法で
は,骨格筋の萎縮や心筋障害で突然死に至る例
もあり,注意が必要です.最近はマスコミの影
響で患者さんが我流で食事療法を行うことも少
なくありません.リスクを減らし,効果を最大
限に得るためにも,管理栄養士のいる専門施設
への紹介が必須と考えます.専門施設であれ
ば,エネルギー制限を加味した低脂肪食だけで
はなく,地中海食や適当な低炭水化物食など,
患者さんの嗜好や習慣に応じた個別化指導も可
能です.食事の「ずれ」や「くせ」,背景にある
心理的問題について,管理栄養士や臨床心理士
が協調して介入できるのも専門施設の利点で
す.高度肥満に限らず,肥満症を有する方は早
い段階で一度専門施設にご紹介いただき,食事
療法に関する教育を受けてもらいたいと思いま
す.
益崎 肥満症の患者さんではビタミンやミネ
ラル,タンパクが欠乏している場合が少なくな
く,ビタミンDの相対的欠乏はよく知られてい
ます.科学的根拠に乏しい自己流の過度な減量
により,栄養環境がさらに崩れることもありま
すので,正しい情報をわかりやすく伝えていく
工夫が大切ですね.肥満に伴い,心筋梗塞や脳
血管障害,静脈血栓塞栓症などが起こりやすく
大西 由希子氏
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
753
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
なることから,血管病の観点から専門医に診て
いただくべきケース,救急対応の対象になる
ケースもあると思います.内臓脂肪型肥満があ
ると血中アディポネクチン濃度が低下して冠動
脈疾患を起こしやすくなる,とか,PAI-1の分泌
過剰が起こり,静脈血栓症を起こしやすくな
る,といったアディポカインを介するメカニズ
ムもいろいろとわかっています.
肥満症では,乳がんや子宮内膜がんなどの悪
性腫瘍を有意に伴いやすいことがわかっていま
す.海外データでは,肥満外科手術(bariatric
surgery)を行うと,がんによる死亡リスクが約
60%減少するという結果も報告されており,肥
満とがんが密接に関わっていることを物語って
います.肥満症とがんに関連して,日常診療で
気をつけていること,患者さんにアドバイスし
ていることなど,ご紹介いただきたいと思いま
す.
松田先生,逆流性食道炎や肝臓代謝障害を伴
う肥満症において,救急対応で問題になるケー
スはどのようなものでしょうか.
松田 NASHの場合は,予後として問題となる
のは肝不全,肝硬変,肝細胞がんです.緊急性
としては食道静脈瘤からの吐血や肝性脳症など
も問題となることがあります.一方,単純性脂
肪肝であるNAFLの場合は重症の肝障害を来た
すことは少なく,むしろ動脈硬化の進行による
心血管疾患の方が予後に関わります.したがっ
て,NAFLの方の場合は,心血管疾患を定期的に
スクリーニングしていただく必要があります.
益崎 松澤先生,いかがでしょうか.
松澤 やはり,何といっても定期的に検診を
受けていただくということが重要だと思いま
す.我々,内分泌・代謝内科で診ていると,患
者さんの方では採血しているから安心だと思っ
ている場合が非常に多いというのが日常の実感
です.早期のがんについては採血でわかるもの
は少なく,定期的に画像診断を受けていただく
ことが非常に重要だということを患者さんに説
明すると同時に,ハイリスクだということを意
識して定期的な検査をシステマティックに進め
ていく必要があると思っています.
益崎 大西先生,いかがでしょうか.
大西 松澤先生と同じく,定期的にがん検診
を受けることが大切だと思います.加えて,禁
煙はがんの予防のみならず,心血管リスクを減
らすためにも極めて重要です.喫煙はがんのリ
スクを高める生活習慣ですので,肥満で喫煙を
している人がいれば,直ちに禁煙あるいは禁煙
外来をお勧めしています.また,喫煙者は禁煙
すると太る場合もありますので,「肥満を気にし
て受診しているのに,先生が『禁煙しろ』と言
うから禁煙したらますます体重が増えたじゃな
いか!」と反発する感情をもたないように注意
をしています.例えば肥満患者が糖尿病を合併
している場合など,禁煙で体重が増えることに
よって一時的に血糖が悪化するといったことは
ありますが,がんの予防のみならず,心血管の
イベント予防においてもまた,禁煙が非常に大
事なことなのだということをくり返し説明しま
す.一時的な体重増加を伴ったとしても,禁煙
に意義があるということを強調し,喫煙者には
しつこく禁煙をお勧めし,また,禁煙後の体重
増加を起こさないように療養指導しています.
それが,肥満とがんに関連して,がん検診受診
プラス
α
のところだと思います.
松澤 陽子氏
座談会
754 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
肥満症診療の最近のトピックス
益崎 肥満症診療の中で,先生方がまさに
今,試みていらっしゃる新しいアプローチや工
夫に関して読者の先生方にお伝えできればと思
います.肥満症患者は,しばしば生体リズム障
害や睡眠時無呼吸を伴っています.睡眠時無呼
吸があるとインスリン抵抗性が生じ,交感神経
活動も高まって血圧が上がりますし,低酸素刺
激の生体シグナルは血小板凝集を盛んにし,
フィブリノーゲンが増えて血栓を起こしやすく
なり,コルチゾルもたくさん分泌されます.こ
のよう な病 態をCPAP(continuous positive air-
way pressure)で治療すると種々の代謝パラ
メーターが改善することを経験します.無自覚
無症状で,家族から「いびきがうるさい」と指
摘されて初めて睡眠障害を認識する患者さんも
少なくありません.肥満症に伴う睡眠時無呼吸
や睡眠障害,生体リズム障害に関して,日常診
療でどのようなことに気をつけていらっしゃる
か,お話しいただければ幸いです.矢部先生,
時間栄養学の観点から,いかがでしょうか.
矢部 日本人は骨格構造の問題から肥満が軽
度でも睡眠時無呼吸を伴いやすいことから,自
覚症状がなくても終夜パルスオキシメーターに
よるスクリーニングが有効と考えています.
3% ODI(oxygen desaturation index)などを指
標に睡眠時無呼吸が疑われる場合,睡眠外来を
受診いただき,精密検査を経て,CPAPやマウス
ピースを装着することで代謝改善につながる例
も少なくありません.さて,近年,時間栄養学
が大変注目されています.細胞や器官レベルで
刻まれる代謝リズムに応じて,適切な食事摂取
や身体活動を行う方法論を確立し健康的な状態
を保つことを目的とした新しい学問分野で急速
に発展しています.時間栄養学の観点から,朝
は食事誘発性熱産生が高く,夜はそれほどでな
いため,朝食をしっかり食べることをお勧めす
ると納得される方が少なくありません.なお,
時間栄養学の視点から,シフトワーカーへの介
入は,私自身,普段大いに悩むところでありま
す.読者の先生方も恐らく大変お困りだと思い
ますので,本日お集まりの先生方のご意見をぜ
ひ伺いたく存じます.
益崎 今,多くの日本人がシフトワーカーと
言っても過言ではありません.最近のLancet誌
に,シフトワーカーは肥満のリスク,がんのリ
スクが高いという解析結果が報告されていまし
たが,肥満症のシフトワーカーに対してどのよ
うな助言をしたらいいのか,どう介入すればよ
いのか,お話しいただけますか.
松澤 我々も当事者ですが,シフトワーカー
の問題は非常に大きいと思います.それと同時
に,シフトワーカーでなかったとしても,メタ
ボの方というのは朝の欠食・夕の過食という特
徴が共通にみられます.そこで,例えば患者さ
んの食生活の聞き取りをするときでも,食べる
内容や量だけではなく,何時頃に起きてどうい
う時間に食べるというような時間を加味した聞
き取りをして,少しでも健康的な生活パターン
に近づけるための工夫を患者さんと相談するよ
うに心がけています.
それから,最近,時間栄養学とともに時間運
動学という言葉もあり,身体を動かすこともま
た時計遺伝子の一部リセット効果をもつという
ことですので,必ずしも決まった時間に寝て起
松田 やよい氏
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
755
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
きてとできない方でも,運動の時間を工夫する
ことで多少はリズムを整えることができるので
はないかと思います.
益崎 シフトワークもそうですし,生体リズ
ムのゆがみは睡眠の質にも深く関わっていま
す.ノーベル物理学賞の青色LEDの波長はメラ
トニン分泌を阻害する作用が強く,例えば,夜
遅くまでコンピューターに向かっているとメラ
トニン分泌が減ってしまい,浅い眠りになるな
ど,現代社会を生きるうえで避けがたい肥満症
誘発因子がいろいろと明らかになっています.
松澤先生,寝たきりや認知症のリスクにつな
がるロコモティブ・シンドロームについて,診
療上の工夫をご紹介いただけますか.
松澤 まずは,やはり運動の意義をお伝えし
ています.減量指導ではもちろん食事療法が大
切ですが,例えば骨格筋の中に沈着した異所性
脂肪というのは食事療法ではあまり減らなく
て,運動療法をすることで減っていくという
データも示されています.また,最近では骨格
筋からも様々なサイトカインが分泌されること
が知られ,マイオカインと総称されています
が,運動時にはその分泌が大きく変化して代謝
に影響を与えます.そういった運動の意義をま
ず患者さんにご理解いただくようにしていま
す.
そして,実際の処方の工夫としては,やはり
肥満の方は運動に苦手意識を持っていることが
多いので,必ずしもスポーツでなくとも生活活
動を上げていくことでも活動量を増やせるとい
う指導をするようにしています.それと,普段
運動していない方がいきなり運動をがんばり過
ぎて,逆に関節に痛みを来たしてしまって運動
が中断するということもよくありますので,最
初に循環器系や関節系のメディカル・チェック
をきちんとしたうえで無理のない運動量から始
めてもらうということも心がけています.
益崎 「食事や運動に気をつけてください」と
いうアドバイスは必要ですが,メディカル・
チェックなしに自己流の無理な運動を急に始め
て突然死したケースも散見されます.特に胸痛
や息切れもなく,胃がムカムカして,その後に
悪寒がして,風邪と思っていたら心筋梗塞だっ
た,というケースも経験します.中年~初老期
の男性肥満症患者の突然死には季節性も見られ
るようで,4月が多いそうですね.職場環境が
大きく変わる時期,1週間の中では週末(土日)
に多いという解析結果もあります.規則正しく
働いているウィークデーにはむしろ少ないよう
で,高齢者の突然死と肥満症の突然死は様相が
違うようです.
それでは,次は大西先生がご専門のインクレ
チンや糖尿病,消化管機能に関して,患者さん
に対するアドバイスや臨床医学の進歩をお話し
いただければ幸いです.
肥満症診療にインクレチン作用・消化管機能
(腸内細菌叢を含む)の知見を活かす
大西 まず,肥満と糖尿病の治療薬の開発と
いう観点から少しお話しします.糖尿病の治療
薬で肥満の改善にも役立つということで,幸い
GLP-1受容体作動薬は発売まで至り,臨床の場
で処方されるようになりました.GLP-1受容体
作動薬と時期を同じくして肥満を伴う糖尿病患
者を対象として日本で行われた治験では,例え
ばシブトラミンやリモナバンなどがありまし
た.しかし,これらの薬剤は治験を実施中ある
いは実施後に開発が中止されました.シブトラ
ミンは,交感神経系の作用を亢進させて体重減
少をもたらすという作用機序でした.体重減少
とそれに伴う血糖改善効果も認められたもの
の,高血圧の悪化や心血管イベントなどが増え
たために開発は中止されました.私たちの施設
でも,体重は減ったけれども血圧が上昇した,
あるいは頻脈が出て中止したという患者さんが
いらっしゃいました.リモナバンに関しまして
は食欲抑制をもたらす作用がありましたが,う
座談会
756 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
つ病や自殺企図,そして自殺の症例も報告され
たため,開発中止となりました.治験薬で体重
が減り,血糖値も改善して喜んでいる被験者の
患者さんがいらしたとしても,重篤な有害事象
の報告が増えたことで開発が中止される薬剤は
あります.
このような経緯もありますので,体重が減る
GLP-1受容体作動薬が無事に承認・発売まで
至ったことは画期的でした.従来,2型糖尿病
の病態であるインスリン分泌力の低下に対し,
インスリンやSU薬など,血糖値は改善するもの
の,体重が増えやすいという薬しか選択肢がな
かった時代と比べますと,体重が減るGLP-1受
容体作動薬や,体重が増えにくいDPP-4阻害薬
などが出てきたことは喜ばしいことでした(表
2).一方で,やはりGLP-1受容体作動薬で得ら
れる体重減少にも限りがありますし,あくまで
GLP-1受容体作動薬は糖尿病の治療が主たる目
的で,痩せるための薬ではないということをよ
くお話をしたうえで処方しています.リラグル
チドは,使用最大用量が海外の1.8 mgと比較し
て日本では0.9 mgと半分なことが理由かもしれ
ませんが,体重の減少作用は比較的緩やかで
す.海外ではリラグルチドを3.0 mgまで使って
肥満治療を行うことについて製造承認を得てい
ますが,日本においては肥満治療を目的とした
開発はまだ進んでいません.まず,日本人にお
けるリラグルチドの海外と並ぶ最大用量の安全
性を確認する必要があります.その後,さらに
高用量のGLP-1受容体作動薬による肥満治療,
という展開になってくる可能性はあるでしょ
う.
益崎 今のお話と関連して,矢部先生から食
事・消化管機能・インクレチン機能を肥満症診
療に活かすという観点から,先生のアプローチ
をお話しいただけますか.
矢部 近年,消化・吸収という古典的役割に
加え,消化管が全身の代謝制御の司令塔として
機能することが明らかにされてきました.経口
摂取した栄養素に応答して消化管から分泌され
るインクレチンも重要な担い手です.インクレ
チンにはGLP-1とGIPが知られており,インスリ
ン分泌を血糖依存的に促進することで,糖代謝
に大きなインパクトを与えます.最近,GLP-1
が脳血液関門を通過して視床下部に直接作用し
て食欲抑制や減量効果を発揮することが示され
ています.GIPにはこのような作用はありません
が,高脂肪負荷時に脂肪蓄積を助長するため,
肥満治療の創薬標的として注目されています.
動物性油脂を減らし,食物繊維を多く含む食品
を摂ればGIP分泌を減らし,肥満を是正し得ると
考えられます.また,最近,私たちは米飯の喫
表2 糖尿病治療薬の作用機序と体重に及ぼす影響
作用機序 体重に及ぼす影響
減りやすい ⇔ 増えやすい
インスリン分泌低下を補う薬
スルホニル尿素薬
インスリン
グリニド薬
DPP-4 阻害薬
GLP-1 受容体作動薬
インスリン抵抗性改善薬 チアゾリジン薬
ビグアナイド薬
糖吸収・排泄調整系 α
―
グルコシダーゼ阻害薬
SGLT2 阻害薬
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
757
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
食前に魚をとることで,GLP-1分泌が促進され,
胃排出遅延を介して,食後の血糖変動を有意に
改善することを見出しています.食事量を減ら
すことは困難かもしれませんが,同じものを食
べる場合に,米飯と魚料理があれば,ご飯から
食べるのではなく魚料理から食べることで,
GLP-1分泌を高めることができ,減量につなが
る可能性を期待しています(図2).
益崎 「ダイエット」という言葉は,痩せると
いう意味ではなくて食事という意味です.肥満
症患者の栄養指導,食事指導というと,「あれを
食べるな,これを食べるな」という制限がクロー
ズアップされてきたように感じますが,「科学的
根拠でこういう効用があるから食べなさい」,あ
るいは「こういう順番で食べなさい」という具
合に,良いものを積極的に摂取する,という視
点が大切ですね.
今のお話との関連で,肥満外科手術に触れた
いと思います.もともと肥満外科手術は,海外
でBMI40を超えるような重症肥満者を対象とし
て行われてきましたが,我が国の実情として
は,軽度肥満からいろいろな代謝異常が起こる
ことを踏まえ,高度肥満を改善するバリアト
リック・サージェリーから,肥満に伴う代謝異
常の改善を目指すメタボリック・サージェリー
に注目がシフトしてきたように感じます.
BMI32ぐらいのレベルから,体重コントロール
不良で糖尿病や代謝異常が改善しないケースで
は選択肢の1つとなり,我が国ではスリーブ胃
切除の術式が保険診療に収載されました.肥満
外科手術によって,インクレチンの分泌動態が
変わったり,腸内細菌叢の構成バランスが改善
したりすることもわかってきました.このあた
りの診療の進歩に関して,矢部先生と大西先生
からコメントをいただければと思います.
大西 糖尿病の観点からいきますと,バリア
トリック・サージェリーを実施した結果,糖尿
病が寛解する症例が少なからずあるということ
が非常に大きなインパクトだと思います.手術
という大きな侵襲を伴うわけですが,その結果
として肥満が解消するのみならず,高用量のイ
ンスリンを使用しても血糖のコントロールが難
図2 肥満や生活習慣病に関連したインクレチンの多彩な作用
(矢部,清野:Prog Biophys Mol Biol 128:125-134, 2011/矢部,清野:Curr Opin Pharmacol 13:
946-953,2013)
インクレチン(GIP,GLP-1)による生活習慣病の予防や治療に期待
胃排出
脳機能
食事由来の
様々な栄養素
GIP
GLP-1
消化管
高脂肪食で肥満助長
骨折予防
インスリン分泌
食欲抑制
認知症予防
血糖改善
食欲抑制
血糖改善血糖改善
脂肪蓄積
膵 膵
心保護,降圧作用
脂質改善,抗炎症作用
骨形成
インスリン分泌
座談会
758 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
しかった糖尿病患者がインスリンを必要とせず
とも血糖のコントロールがよくなる場合がある
のです.それは,減量による効果のみならず,
恐らくは益崎先生も今おっしゃったように,イ
ンクレチンの分泌が亢進するといったようなこ
とでもたらされるようです.
さらには,スリーブ状胃切除術よりもRoux-Y
胃バイパス術の方が内因性GLP-1の食後分泌の
上昇が大きい,あるいは糖尿病の寛解率が高い
など,術式によってもインクレチンなどを介す
る代謝への効果が変わってくるという報告もあ
りますので,症例によっては肥満の解消のみな
らず,血糖のコントロールを目標にするならこ
ちらの術式を選択する,などと検討する時代に
なるのかもしれないと思います.
私たちは糖尿病の患者さんばかり診療してい
るので不足するインスリン分泌をどう補うか,
ということばかり考えています.Roux-Y胃バイ
パス術でGLP-1濃度が通常よりも高くなり,膵
臓の
β
細胞機能なども上昇すれば,糖尿病患者
の血糖コントロールにおいてはさぞかしよい効
果をもたらすだろうと考えます.しかし,糖尿
病でない患者さんがRoux-Y胃バイパスをする
場合,膵臓の
β
細胞が過剰にインスリンを分泌
して低血糖を起こし,そして膵臓の切除をせざ
るを得なくなるということが報告されていま
す.生理的でないインクレチン環境をつくるこ
とは,糖尿病においてはメリットになるわけで
すが,正常なインスリン分泌能をもつ患者の場
合には,手術に手術を重ねなければいけないと
いう事態になることがあるのです.バリアト
リックサージャリーは不可逆な手術になること
を踏まえて,適用は慎重に考えなければいけな
いと思います.わからないことがまだまだある
と改めて思います.
益 崎 Roux-Y再建バイパス手術をすると
GLP-1が増えるようですね.前腸仮説,後腸仮
説というのがあって矢部先生がおっしゃったよ
うに,小腸上部からは脂肪蓄積にも働くGIPが分
泌され,小腸下部からは食欲抑制効果も併せ持
つGLP-1が分泌されます.このあたりに関して
矢部先生のご見解はいかがでしょうか.
矢部 Roux-Y再建バイパス手術では,GLP-1
分泌が強力に促進され,食欲抑制効果を発揮す
ると考えられてきました.しかし,GLP-1が作
用しない動物モデルにおいても,Roux-Y再建バ
イパス手術は十分な食欲抑制や減量作用を発揮
することが示されています.ヒトでこの点を明
確にした検討は現時点でありません.Roux-Y再
建バイパス手術では,一過性のGIP分泌促進が報
告されていますが,GIP分泌が減じるという報告
はありません.したがって,肥満外科治療によ
る減量効果についてはインクレチン以外の様々
な要素が関与していると考えています.
益崎 消化管肥満外科手術との関連で,内科
学の一大トピックスになっているのが腸内細菌
叢の問題ですね.Roux-Y術後は腸内細菌叢の構
成がガラッと変わって,抗糖尿病,抗肥満的体
質の獲得に寄与する可能性とか,最新号のCell
誌では,海外旅行などで時差ぼけをした人の糞
便を無菌マウスに移植すると,移植された動物
が高血糖になり,太りだす,という実験結果が
報告されています.時計遺伝子は,腸内細菌叢
のレベルでも我々の生理機能を支配しているこ
とがわかってきたようですが,矢部先生,この
あたりはいかがでしょうか.
矢部 日常生活の中でいかにして健康的な腸
内細菌叢を保つことが今後の課題かと思いま
す.最近,人工甘味料を用いたダイエット飲料
の使用について興味深い報告がNature誌に発表
されています.人工甘味料を含むダイエット飲
料を多飲することで腸内細菌叢が変化して耐糖
能を悪化する可能性が示されました.現時点で
人工甘味料の量や種類について詳細な検討がな
されているわけではありませんが,肥満者では
摂取カロリーを制限するために人工甘味料の使
用を勧めることが少なくないと思います.やは
り適量使用を強調していく必要があろうかと考
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
759
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
えています.
高齢者の肥満症・女性特有の肥満症・
肥満症診療における心理的介入
益崎 超高齢化社会に向かっている中,高齢
の肥満症患者のケアも重要な課題です.加齢性
骨格筋減少症(サルコペニア)を例に挙げると,
同じBMIで骨格筋が減ってしまっている人とそ
うでない人を比べると,前者のほうが寝たきり
のリスクや認知症のリスク,代謝病のリスク,
血管病のリスクが増加します.このあたりに関
して,松澤先生はどのようにアドバイスしたり
アプローチしたりされているか,ご紹介いただ
けますか.
松澤 減量治療の中で,患者さんは体重が
減ったと喜んでいても,実はダイエットだけを
していると筋肉量が落ちてきてしまっていると
いうこともあります.また,サルコペニア肥満
という病態もあり,筋肉量は減っているけれど
も内臓脂肪は非常に多いという状態も,日本の
高齢者では一般的に見られるとされています.
高齢になればなるほど,スポーツジムなどで運
動するのもなかなか難しくなりますので,日常
生活の中でいかに活動度を上げていくか,例え
ば歩く習慣をつけたり,家の中で体を動かす方
法を見つけたりしていくかというところが重要
なポイントになると思います.
益崎 大西先生が高齢者の肥満症診療におい
て工夫なさっていることがあれば,お話しいた
だけますか.
大西 高齢者の方の外来診療をしています
と,その方が今日に至るまでに築き上げた価値
観・習慣・嗜好などで強いこだわりを感じると
きがあります.「運動があまり好きでない」とか
「この食べ物をやめるぐらいだったら死んだ方
がましだ」といったこだわりが運動や食事のみ
ならず,酒や煙草などにもあります.そういっ
た好みや価値観をいかに全面的に否定せずに,
しかし,改善に向かう方向にだんだん気づいて
いただくかというところに一番苦心していま
す.そのアプローチも様々で,「こういうデータ
があって,運動するとこれくらい血糖がよくな
る」と理屈で説明し,それを理解して取り組ん
でもらう場合もありますし,「運動をすればあな
たの筋肉量が増えて体が若返りますよ」といっ
た表現でやる気を起こしてもらうやり方もある
と思います.「奥さん(あるいはお子さん,お孫
さん)と一緒に歩いてみませんか」など,運動
が苦手な場合に運動に楽しめる要素を付随させ
る工夫を提案するなど,いかにやる気になって
いただくかを考えます.ご家族にご協力をお願
いすることもあります.ご高齢の患者さんにご
家族が付き添って一緒に来院していても遠慮し
て外来に入らない場合には「ぜひ一緒にお入り
ください」とお声がけします.パートナーの方
やお子さんなどご家族が診察室に同席されてい
るときに再度,治療に取り組んでいただく理由
などについて説明し,その実践が難しい場合に
は,その方の生活習慣の中で「これならやって
みよう」と思えるものをご家族と一緒に見つけ
るようにしています.生活習慣を改善するため
には,いかにハードルが低く,実践と継続が可
能なものを提案できるか,そして,チャンスを
見図らいながらハードルをいかに無理なく上げ
ていくかといったことが肥満症診療の実践上は
非常に大事になってきます.高齢者に限ったこ
とではありませんが,患者さんごとの日頃の生
活や家族関係,好きなもの,嫌いなものをでき
るだけ日常の外来でくみ取る努力をしていま
す.
益崎 松田先生が診ていらっしゃる肥満症患
者さんの中にも,説明してもなかなか生活習慣
の改善ができない人がいらっしゃると思いま
す.もちろん,個体差も大きいですが,肥満症
患者は現状認識能力が弱かったり,感受性が乏
しかったり,問題を先送りしたり,逃避的,固
執傾向があり,創造性に乏しいなど,いろいろ
座談会
760 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
な心理的特性が注目されています.松田先生の
工夫やアプローチをお話しいただけますか.
松田 肥満症の方というより,糖尿病の方を
診ていく中で肥満を合併している方というとこ
ろでお話しさせていただきます.どうしても治
療と向き合えない方というのは多くいらっしゃ
り,そういった方にCES-DやPHQ-9といった自己
質問用紙を使って質問をすると,一見そうは見
えなくても実はうつ状態にある方が隠れている
こともあります.当院では初診で来られた方に
はそういった質問用紙を待ち時間の間に記入し
ていただき,まずそういったうつ状態をスク
リーニングにかけるようにしています.初診の
状態では明らかなうつ状態ではなくても,受
診,治療を重ねるにつれてなかなか受け入れが
難しい方というのもいらっしゃり,そういった
方は当院では臨床心理士の方にも加わっていた
だいて診ていくようにしています.ただし,い
きなり臨床心理士とお話をしましょうという
と,患者さんも身構えたり嫌がったりすること
がありますので,どのように臨床心理士の介入
をお勧めしたらいいかというところも含めて臨
床心理士からあらかじめアドバイスをいただい
ています.
益崎 肥満症患者さんには,どこかの時点
で,うつスコアのチェックを受けていただくべ
きですね.
本日は3名の女性の先生にご出席いただいて
いますが,肥満症と関連が深く,女性特有の疾
患として忘れてはならないものとして,性成熟
期女性の約5~10%にみられる多囊胞卵巣症候
群(polycystic ovary syndrome:PCOS)があり
ます.PCOSはメタボリックシンドローム,肥満
症と深く関連しており,月経異常,インスリン
抵抗性,不妊症,睡眠時無呼吸など,様々な病
態がオーバーラップします.診療の場でPCOSに
関してどのくらい注意を払っていらっしゃる
か,お聞かせいただければ幸いです
松澤 PCOSに限らない話ですが,女性の患者
さんに接する場合には,月経周期のこと,過去
や今後の妊娠・出産のことなどを,極力,抵抗
を与えない範囲と接し方で聞くようにいつも心
がけています.
スクリーニングとして腹部超音波検査は一般
的に行われるかと思いますが,肥満者の経腹エ
コーには限界もありますので,婦人科の検診は
できるだけ受けていただくようお勧めしていま
す.PCOSの治療そのものはどちらかというと産
婦人科の先生の領域であることが多いですが,
患者さんは自分の肥満と月経や不妊の問題が結
びついているとは思っていない方も多いので,
内科医としてそういったところを問診で拾い,
徴候を見つけ,必要であれば内分泌学的な検査
をしていくことが大切だと思います.
益崎 大西先生,御追加がありましたらお願
いします.
大西 実は私は,若い女性やまだ月経のある
肥満女性をあまり多く診ていません.最近は肥
満を伴う2型糖尿病患者の若年化が進んでお
り,20~30代の女性の耐糖能異常もときには診
ることがありますので,その際には月経周期や
生理不順などがないかどうか注意して話を聞く
よう心がけたいと思います.また,腹部超音波
検査に関して,当院の腹部超音波検査では膀胱
や前立腺など下腹部まで検査しているので,女
性の患者さんの場合には卵巣囊腫や子宮筋腫が
見つかることもあります.肥満の場合,腹部超
音波検査はよい画像が得られない場合も多いか
もしれませんが,腹部超音波検査のオーダーを
検討する際にPCOSの可能性などにも注意して
検査してもらえるように依頼しようと思いま
す.
肥満症診療:近未来展望
益崎 肥満症診療は,いろいろな分野の先生
方や多職種の医療スタッフの皆さんとの協力が
不可欠な分野です.肥満症診療の近未来展望と
特集 肥満症の改善はなぜ,難しいのか?~ここまで明らかになった!病態解明と治療の最前線~
761
日本内科学会雑誌 104 巻 4 号
して,先生方から読者の先生方へのワンポイン
ト・メッセージをいただき,座談会を終了した
いと思います.
医療情報が氾濫する中,「○○ダイエットをや
れば必ず痩せられる」など,1つのアプローチ
に固執し,それさえしていればよい,と考えて
しまう危険性もはらんでいます.医療者は肥満
症の多面性を正しく理解し,肥満症の患者さん
に対しては,科学的根拠に基づく実効性のある
指導を心掛けていきたいですね.
では,矢部先生からお願いします.
矢部 肥満症の適切なマネージメントには,
適切な栄養療法,運動療法,さらには心理的支
援と幅広い知識とスキルが要求されるため,
チームアプローチが極めて重要です.一般内科
では対応がままならないことも多いでしょう.
合併症が進行する前に,教育や動機づけを行う
ことも重症化予防の上で重要です.「こんな患者
さんを紹介しても大丈夫かな」という早い段階
でも,積極的にコンサルテーションいただくと
よいと思います.
益崎 松田先生,お願いします.
松田 糖尿病の方もそうですが,介入開始直
後は勧められた食事療法を一時的にかなりがん
ばられるものの,そこから少しでも上手くいか
なかったときに一気に過食に走ってしまうとい
う方がよくいらっしゃいます.外来の中では「今
の時点とこの間の時点では違うので,今の時点
でできる目標をその都度立て直しましょうね」
というふうにお話しさせていただいています.
ご紹介いただく方の中にも「どうして食べるん
だ.だめだだめだ」と言われ続け,結果,自信
をなくしてしまっている方がいらっしゃいます
ので,やはり,その都度,患者さんの状況に応
じた目標を立てていただくということが必要だ
と思います.
益崎 松澤先生,お願いします.
松澤 肥満の方とお会いして思うのは,非常
に挫折感を持ってらっしゃる,そして自己評価
の低い方が多いということです.ですので,ま
ずは中断させないようにしっかり受容して人間
関係を築いていくことがひとつ.それから,治
療が上手くいったときにその時点でしている努
力や工夫をよく聞き,記録しておくとよいと思
います.そうすると,次に問題が起きたときに,
その人ができていたこと,あるいはその人の強
みをこちらから患者さん自身に思い出させるこ
とができるので,患者さんのよい面をしっかり
認識することが非常に大事だと思います.
益崎 大西先生,お願いします.
大西 肥満症診療は長いお付き合いを維持で
きるような信頼関係を築き,治療中断を防ぐこ
とがとても大切です.そのためには,医師との
短い診察時間のみならず,各職域のスタッフが
患者さんを応援することで,患者さんもまたが
んばろうという気持ちになれると思います.
チーム医療を実践するスタッフ同士の意思疎通
を促しながら,患者さんもご家族もそのチーム
の一員なのだ,という意識を施設全体でもって
肥満症診療を進めていくことが大事だと思いま
す.
益崎 我が国の肥満症診療において最前線で
活躍なさっているエキスパートの先生方をお招
きし,肥満症の日常診療の現状と問題点,トピッ
クスと未来展望について密度の濃い意見交換が
できたと思います.先生方のご協力に心より感
謝し,本日の座談会の内容が日本内科学会雑誌
の読者の先生方のお役に立つことを願って会を
終了したいと思います.誠にありがとうござい
ました.
著者のCOI(conflicts of interest)開示:矢部大介;講演
料(サノフィ,ノボノルディスクファーマ),研究費・
助成金(イーライリリー,MSD,成人血管病研究振興財
団,日本ベーリンガーインゲルハイム)
座談会
762 日本内科学会雑誌 104 巻 4 号