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Innovation Nippon, Wing プロジェクト企画
ICT 活用とイノベーションをもたらす共通項
安岡美佳,IT University of Copenhagen
mika@yasuoka.dk
+45 3114 7433
あらまし
北欧諸国は、社会における ICT 活用、イノベーションの分野で高い国際競争力を示している。その力の
源泉はどこからきているのだろうか。それを女性の社会進出という視点から考察してみたい。
北欧では、女性が6-70年代に社会進出を進めたことで、男女ともに働きやすく、家族が暮らしやすい
社会を求めてきた。男女が共に働きやすいように、男性主体のビジネスのルールに女性の知見が加え
られ、改変されていった。偶然にも IT の分野に進出した女性は、その女性の知見を北欧における IT の
発展に生かすことになった。そして現在、北欧において、IT 分野以外で活躍する女性も、社会のインフ
ラとなった ICT を活用し、社会のルールづくりに大きく関わり、社会の隅々にまで影響を及ぼす存在とな
っている。男女ともに働き、かつ家族生活も重視する ICT 社会を達成するには、包括的な社会システム
全体の最適化が求められ、社会・政治・経済を巻き込んだグランド・デザインが欠かせない。そこには、
男性と女性の異なる視点が求められ、右脳的視点と左脳的視点が必要であり、論理的思考とデザイン
的思考が不可欠になってくる。
創造性やイノベーションは、分野の境目で誕生するといわれる。異分野・異文化の知見など、多様性を
活かすことの出来る参加型デザイン社会がイノベーションをもたらすことのできる社会と考えるならば、異
なる視点や切り口を提供する女性を活用し、異分野・異文化の最たるものである「男女」の思考の違いを
生かすことのできる参加型デザイン社会は、イノベーションの源泉となるだろう。男女を共に社会で活用
している北欧諸国が、高い国際競争力を享受できているのは偶然ではない。
はじめに
北欧諸国は、21世紀に入り、社会における ICT 活用、イノベーションの分野で高い国際競争力を示す
ようになってきた。ICT に関連する法整備、ブロードバンドの敷設、ICT 利用者の全国民に対する割合、
情報社会進展度、電子政府進展度など、特に社会における ICT 利用分野での競争力が高い1。例えば、
World Economic Forum の世界 IT ランキング調査(Global Information Technology Report)では、142カ
国中日本は21位の 2013年調査で、フィンランド 1(3)位、スウェーデン 3(1)位、ノルウェー5(7)位、デンマ
ーク8(4)位と北欧諸国が上位を占めている2。Global Innovation Index の2013 年度調査では、スウェー
デン2位、フィンランド6位、デンマーク9位、アイスランド13位、ノルウェー16位、そして日本22位となっ
ている。この様々な指標に顕著に見られる北欧社会における ICT 活用、イノベーションの分野での高い
国際競争力の源泉はどこからきているのだろうか。本論では、それを女性の社会進出という視点から考
察してみたい。
まず、女性の社会進出の歴史、それによって生じた社会の変化、政府主導の法整備など女性の社会進
出支援の取組みを、デンマークの事例を中心に2章で示す。次に、3章でイノベーションや創造性理論
に関する知見を元に、女性進出と ICT 活用、イノベーション分野での高い国際競争力との関係を論じて
みたい。最後に 4 章で、女性の社会進出の観点からの提言でまとめとしたい。
2. 女性の社会進出と社会基盤の変化
北欧がなぜ世界的にイノベーションや ICT 活用、ビジネスのしやすさで世界トップレベルと成りえている
のか、経済を維持できているのか、理解しがたいと感じる人は多い。北欧の一つであるデンマークを見
てみると、所得税は最高 59%と高額であるとはいえ、男女ともに 70%強が職を持ち、通常週37時間(1
日7.5 時間労働で、週5日)程働き、年間6週間の休暇をとる。教育・医療は無料であるし、万が一失業し
た場合も失業手当が2年間支給される。平均的なデンマーク人は、夕食は家族揃って取り、日照時間の
長い夏場などは家族や友人とスポーツをしたりのんびり過ごす。WHO 世界保健統計に拠ると、4カ国と
も特殊合計出産率は、1.9 で、先進国中で常に上位である。出産・育児休暇も充実し、デンマークでは1
0ヶ月、スウェーデンは男女合わせて 480 日(男性クオータ60日、男性が取得しない場合は、権利が消
滅する)で、育児休暇中は、多くの場合給与の8割ほどが支払われる。
このような生活でも経済を維持可能にしている理由として、すみずみまで行き渡る効率性、合理性、柔
軟性、結果主義などが挙げられる3が、このような社会は、女性の社会進出を契機に戦後形作られたも
のだ。いったい、どのような経緯を経てきているのだろうか。
2.1.女性の社会進出
フィンランド 1906 年、ノルウェー1913年、デンマーク 1915 年、スウェーデン 1919 年に女性に選挙権が
与えられ、女性の社会進出のきっかけとなった。デンマークを見てみると、60年代に、戦後の労働力不
足から、国の生き残り戦略として労働力確保のニーズが高まり、労働移民の大幅な受け入れが始まると
共に、女性の就業率も上昇する。同時に、女性が自分で人生設計を行うという意識が高まり、66年には
避妊ピルの合法化、73年には堕胎合法化など、女性の社会進出を後押しする法律の整備が進められ
ていく。その後 80 年代には、離婚の増加、出生率の低下(1983 年史上最低 1.38)が見られるようになる
が、女性の就業率は 68.1%と現在のレベルに近づき、デイケア施設の増設、育児後の女性の仕事復帰
進展などの社会環境の整備が進むのもこの頃である。出生率は1997年には 1.75 にまで回復し、2007
年には、第一子出生年齢の高齢化(29 歳)が見られるものの、出生率は1.85 にまで上昇している。女性
の社会進出を達成させつつ、出生率も回復させた先進国のお手本ともいえる。2014 年現在、男性就業
率75.9%、女性 70%と、男女ともにほぼ同レベルの就業率となり、離婚率 45%、出生率 1.9 弱となって
いる。
この時代のデンマークは、社会的にも産業的にも大きな変化があったようだ。男女の社会進出がほぼ現
在のレベルに達した 8-90 年代には、農業などの第一次産業からの脱却、経済進展などの影響で、労
働時間の減少、生活の余裕が見られるようになり、家族との時間を楽しみ、6週間の長期休暇が一般化
するようになる。過去50年間の女性の社会進出に伴う変化の中で、私も最も興味深いと感じるのは、社
会のあらゆる場に男性も女性も入り込むようになった点だ。例えば、現在でも、男性中心・女性中心の職
場などは依然みられるとはいえ、旧来より女性の職場と見られてきた保育・看護などの分野に男性が進
んだり、同様に男性が多数を占める分野に進出する女性も見られるようになってきている。北欧の社会
では、男の仕事も、女の仕事も区別しない。旧来の女性の仕事が「社会全体が担う仕事」となり、商取引、
事務、家計、育児、介護など、あらゆる分野において、男女が共に関わる。偶然にも IT の分野に進出し
た女性は、その女性の知見を北欧における IT の発展に生かすようになった。現在の北欧社会を理解す
る鍵は、一方の性の論理で形作られていた60年代の環境から、男女が共生しやすく、男女両方にとっ
て利益をもたらす新たな社会の論理で社会環境が形作られるようになっていったことではないだろうか。
たとえば、女性の出産・育児などにともなう1年程度の長期離職への企業の対応、乳幼児・子供のいる
同僚へ配慮するビジネス文化、デイケア施設の充実につとめる政策などにこの影響がみられる。女性の
社会進出がもたらした重要な変化とは、女性が既存のビジネスの舞台で活躍するようになったというより
かは、社会におけるゲームのルールが変わったことだと思う。
2.2 社会の変化
では、どのようにゲームのルールに変化が見られたのか、仕事環境の変化、家庭環境の変化という視点
から、さらに法律や政治的判断といった外部強制力から、現在の北欧社会を概観してみたい。
2.2.1. 仕事環境の変化
北欧女性の社会進出において、女性運動の影響が取り上げられることが多いが、その意義は確かに大
きいのだろう。フェミニズム運動に象徴されるように、北欧女性は「強く」なり、現在の地位を「勝ち取った」
といわれる。権利を獲得した女性たちは、その権利を積極的に行使し、それまでの男性の論理で構築さ
れていた働き方に異議を唱え、子どもが迎えに行ける時間に会議時間を変更するように要求する強い
意志を持っていた。しかしながら、女性たちの強い主張もすぐに受け入れられた訳ではない。北欧の歴
史を見てみると、強い意思があったとしても、その時の常識と異なることには反撥は避けられず、世代交
代を経て初めて常識として社会に定着していくことも多いことがわかる。
しかしながら、現在、仕事環境におけるルールは変化し、より変化に富むライフステージを折々のニーズ
に応じて選択できるようになっている。一定期間離職しても復帰が物理的にも精神的にも可能になる仕
組みや、その時々の家庭のニーズに合わせ時短を可能にしつつも、社会のセーフティネットから抜け落
ちない仕組みが構築されているのだ。60年代に就業した女性の多くは、子どもの施設への迎えに間に
合うような職についていたが、現在の女性はその必要はない。デイケア施設は17時に閉まることがわか
っているため、ビジネスにおける16時以降の会合は極力避けるといった社会のコンセンサスが生まれる
ようになったためだ。また母親ではなく、父親が迎えに行くこともできるし、友人同士が協力して子どもを
まとめて迎えにいくこともできる。
英国の研究者グラットンによると、2050 年には、長寿社会を迎え、人の就労期間が伸び、男女ともに一
定期間離職したり、ボランティアなどの活動をしながら過ごすギャップイヤーを過ごしたり、全く職種への
シフトを繰り返しながら、キャリアを積んでいくようになるという4。より変化に富むライフステージが可能に
なる社会は、女性ばかりでなく男性の生き方をも広げる、男女ともに生きやすい社会となるのではないだ
ろうか。
2.2.2.家庭環境の変化
女性が労働市場に出ることで、今までの女性が主に担ってきた家庭の仕事の一部は「社会の仕事」とな
り、残りの部分は男女で分担する必要がでてきた。男性と同時間働く女性が食事作り、掃除、ゴミ捨て、
子どもの送り迎えなどの家事全てを一手に引き受けることは、物理的にも精神的にも無理がある。安定
した収入を得て自立するようになった女性は、より意見を主張するようになり、不満を感じる結婚の解消
をいとわなくなった。家事や子育て分担への不満は、近年の離婚率上昇の要因の一つとも言われる。
現在の北欧社会では、子どもを抱える男女は特に、仕事の時間が終わったら自宅に直帰する傾向が強
い。これは、家での仕事分担が待っているからであり、子どもを見る必要があることが要因の一つだ。
家庭におけるルールが変わり、女性が中心になり家事をする必要も社会的プレッシャーもなくなった。
現在は、家庭によって様々だが、家事を一手に引き受ける男性もいれば、平等に分担するカップルもい
る。
これら仕事環境、家庭環境の変化をもたらしたのは、女性の意思のみの力ではなく、社会全体の意識
の変化も大きな役割を担っている。変化には一定の時間が不可欠なようだとはいえ、現在の北欧を見る
と、時代とともに人びとの認識や常識は変わって行くことが顕著に示されているといえる。
2.2.3 政治的強制力の影響
北欧4カ国の現状をみると、変えようという人びとの意思は確かに重要であるものの、それぞれの国には
細かな違いがあり、それらは政策や法律といった外部強制力の違いから生まれているようだということが
わかる。意思の力と時間の流れ、さらに政治的・法律的な強制力が北欧の現状を構築してきたようなの
だ。
デンマークでは、男性の育児休暇取得の強制力がないため取得率 7.4%(2013 年)と低迷しているが、ス
ウェーデンでは、男性に割り当てられた育児休暇 60 日分は女性が代わりに利用することが出来ないた
め、男性の育児休暇取得率は 25%(同)と高くなっている。女性起業に関しても同様のことがいえる。起
業はイノベーションの源泉であり、起業率が低い女性を対象とした支援が不可欠であるという認識が
OECD のレポート5などで高まったことから、他国に先駆けて北欧では積極的に政府が介入し、女性起
業家の育成が進められている。資金提供やセミナー提供など女性起業支援団体が構築され、1987年
から公的支援が実施されているフィンランドでは男性6%に対し女性4%と一定の成果が見られ、現在も
支援プログラムが続けられている。スウェーデンでも、2004 年から特別女性起業プログラムが組まれ、女
性起業家を全起業家人口の 40%に上げるという目標のもと、各地でセミナーや起業相談、資金提供を
実施している6。ビジネス分野でも同様に法的強制力が効果を上げている。ノルウェーは、2003 年女性
役員比率を上げるため取締役会の40%を女性とするクオータ制を導入し2008年に達成された7。
どの例においても、強制的に男女分担を割り当てているのだが、「社会的に影響力をもつ」女性の絶対
数が増えることは、それなりに意味がある8。これは、影響力を持つ女性指導者や北欧の女性進出の歴
史が証明しているだろう。批判はあるもののa9、現在不平等が見られる分野において強制力が原動力と
なり、社会の常識に風穴が開けられ、30 年後の世界が大きく変わるのだろう。
3.女性社会進出と ICT 活用、イノベーション分野での高い国際競争力との関係
2章では、北欧では女性進出が進み、強い意思と主張、時間の経過、政治的強制力がはたらき、社会
のあらゆる場に男女が共に共存することで、社会のルールが変わっていったことを示してきた。ここから
は、今までの女性進出の歴史と現状を背景に、女性と ICT イノベーションの関係について、考察してみ
たい。
a ノルウェーのクオータ制度では、無理矢理役職を新設し女性をあてたに過ぎないと批判が見られる。
また、デンマークでは、逆差別の問題が指摘されることが多くなっていることから 、男女平等の視点から
女性のみを対象とした起業支援は実施されずに女性起業家数の伸び悩みが他北欧諸国に比べて
遅々として進まないといった課題がある。
筆者は現在、女性が社会進出を遂げ活躍の場を広げていることが、北欧の突出した ICT 活用をもたらし
たのではないかという仮説を持っている。統計上、デンマークのIT 産業における女性上級管理職は、5
年で倍増しているとはいえ約8%(2013 年,2008年は 4.3%)10に過ぎず、全体でも 26%と大きな数字で
はない。しかしながら、個人的な肌感覚では多くの女性が政府から自治体レベル、民間企業において
ICT をいかに活用するかという分野に関わっており、IT 産業で活躍する女性の中には社会的影響力の
大きい女性管理職も目立つ。たとえば、地方自治体5つのうちの都市部の1つの県の ICT マネージャを
努めるのは女性であり11、大手 IT システム KMD のCEO も女性である12。つまり、北欧では、あらゆる分
野に女性が進出しているため、それぞれの分野で、女性の知見が ICT の活用に生かせる環境にあると
いえる。この章では、女性と ICT の関係、さらにイノベーションとの関係について、それぞれ見て行きた
い。
3.1.女性がいかに ICT 活用に貢献しているか
国際電気通信連合(ITU) 統計によると 2013 年度 ICT 普及度は、2位から6位までスウェーデン、アイス
ランド、デンマーク、フィンランド、ノルウェーと北欧諸国が占めており13、レポートからは、北欧における
ICT は社会のインフラとなっていることがわかる。つまり、北欧における情報技術は機械科学の専門家が
利用するものではなく、一般の人びとが毎日の生活に利用するものである。そのため、男性のニーズば
かりでなく、社会のもう半分を構成する女性のニーズもそのアプリケーションや各産業の ICT利用に反
映される必要があるが、その女性のニーズを汲み取り ICT活用につなげる基盤、つまりサービス提供側
に必ず女性がいるという状況がすでに北欧では構築されているのだ。たとえば、電子政府のアプリケー
ション開発の際、北欧において社会保障の一環である出産・育児、教育、医療など全ての項目がカバ
ーされることが望ましい。たとえば、出産などに関しては、経験者がサービス開発チームにいるのといな
いのとでは、その質に大きな違いが出てくるだろう。事実、北欧(デンマーク)の ICT 関連の職種は、一般
的なイメージとは異なり想像以上に多くの女性が活躍している。さらに重要なのは、企業規模に関わら
ず、今の ICT を推進するマネージャ層にも女性が多々見られることだ。彼女たちは多くの場合、大学卒
業後の 20 代から IT に関わり、40 年の長期にわたって IT に関わるベテランであることも多い。男社会の
イメージの大きい IT 業界にもかかわらず、6-70 年代に、なぜうら若き 20 代女性が IT 業界に飛び込ん
だのか。想像にしか過ぎないが、デンマーク女性が社会進出した 6-70 年代に、注目され始めた新しい
分野であるがゆえに、女性が働く職場として入りやすかったのかもしれない。その状況を示すかのように、
北欧イノベーションセンターが発表したレポート「Women Entrepreneurship14」では、女性が最も進出して
いる起業分野として、観光、医療、社会サービス、およびICT を挙げており、女性が ICT 分野に広く進
出していることが見て取れる。
男女がともに合意できる社会のデザインがICT サービスとして実現され、社会基盤となることで、ICT を
通して構築されるルールは、社会の隅々にまで影響を及ぼすことになる。男女ともに働き、かつ家族生
活も重視する ICT 社会を達成するには、包括的な社会システム全体の最適化が求められ、社会・政治・
経済を巻き込んだグランド・デザインが欠かせない。それを、一部の視点からのみで描けるものだろうか。
グランド・デザインには、社会を構成する男性と女性の異なる視点が求められ、異なる人生ステージに対
応した視点が不可欠になってくると、筆者は考えている。
3.2.女性がいかにイノベーションに貢献しているか
2001 年の OECD のレポート15で、OECD 諸国の中で高い国際競争力を示す国に共通する4つの要因と
して、人材,起業家、イノベーション、ICT が挙げられているが、この国際競争力の鍵の一つと見なされ
るイノベーションはどのようにもたらされるのだろうか。
従来の創造性研究において、創造性やイノベーションは、「分野、文化の境目で、創造的カオスがもた
らされることで誕生する」16と言われてきた。フィッシャーらによる研究では、分野の細分化や情報の爆発
の影響で、現代社会において1人が一生のうちに獲得できる知識には限界があり、複雑化する技術・社
会・文化・経済の課題に取り組むには、協調作業が不可欠であることが指摘されている17。これらの研究
からは、現在の複雑な課題を解決できるようなイノベーションを起こすには、複数の異なる知識分野の
専門家が協力する必要があることが示唆されている。しかしながら、分野や文化的背景の違う者たちが
集い協調作業を行うことは、言葉、考え方、プロセス、ルール、常識の違いなどから、意思の疎通を図る
のが困難で衝突は避けられない18。この異文化の問題に対する簡単な解決策はなく、異文化協調作業
の重要性は理解されていても、実践に移されにくいという課題がある。
21世紀にはいってから、イノベーション研究はより一層の発展をみせ、多様性は創造性の障害ではなく、
問題解決に欠かせない創造性の源泉であることが、具体的な事例からも明らかにされるようになってき
た1920。つまり、創造性を発火させるには、右脳的視点と左脳的視点、論理的思考とデザイン的思考が
不可欠になってくるという論だ。意図的に異なる視点を持ち、異なる知識グループに属する人たちを招
集してチームを構成させるようにするといった人材の戦略的配置を行うことで、創造性が刺激されると考
えられるのだ。困難な点が多々予想されるとはいえ、イノベーションの源泉であることが証明されている
方法をあえて使わないのは、もったいなさ過ぎないだろうか。
異分野・異文化の知見など多様性を活かすことができ、多様性を持った人びとが集い課題に取り組む
参加型デザイン社会がイノベーションをもたらすことのできる社会と考えるならば、異なる視点や切り口
を持つ女性21を活用し、異分野・異文化の最たるものである「男女」の思考の違いを生かすことのできる
参加型デザイン社会は、イノベーションの源泉となるだろう。北欧の男女平等社会は、北欧社会が世代
間、性別間で衝突を繰り返しながら構築してきた社会といえる。その結果、男女の異なる知見が社会で
生かされるケースもみられるようになった。男女の考え方やニーズの違いという困難に立ち向かい、合意
点を見つけ乗り越えてきた北欧諸国が、高い国際競争力を享受できているのは偶然ではない。
4.さいごに
折しも、本論執筆の1月末、日本のオンラインメディアで、公共交通機関での乳児の泣き声に関する議
論が盛んになっている22232425。今の北欧社会では、公共施設で泣いている子どもを連れていても、表立
って批判されることはほぼない。子どもは泣くものというコンセンサスができているようなのだ。若年者は
兄弟姉妹がおり、ティーンはアルバイトでベビーシッタを通じて子どもの面倒をみる機会が多く、2-40 代
は、子育てを自分がしているか、もしくは親近者がしているため、多くの男女が子育ての経験をしている
といえる。老若男女関わらず、社会を構成する多数が、子どもは泣き止まない時は泣き止まないという経
験を嫌というほどしていることが大きいと思う。私は、北欧で舌打ちや苦言を呈された経験が2度ほどあ
るが、どちらも老齢の男性によるものであった。
北欧の女性進出の状況を見ていて感じるのは、人の常識や認識を変えるには一世代ほどの時間が必
要なようだということだ。時間は必要だが、変わろうとする意思があれば変わるということも理解できた。個
人の意思と政治的判断や法律といった強制力、時間の経過のどれもが欠かせないが、社会はより良い
方法に変わって行く。それを過去50年で北欧諸国が示してきたといえる。
北欧の全てを賛美するわけではないが、学べることは沢山あるとおもう。“デンマークは 2050 年までに再
生可能エネルギーを 100%にすることを目指しています。正直、どうすればそうなるのかわかりません。
でもその前に「そうなりたい」というビジョンがなければ、何も進みません26”と、近年発表されたデンマー
クの野心的なエネルギー政策について、在日本デンマーク大使館のハンス・クリスチャン・カイ氏が述べ
ている。これは、複雑性の高い課題解決へのデンマークの姿勢を如実に表していると思う。日本の女性、
IT、イノベーションを取り巻く環境は、非常に複雑性の高い困難な課題と捉え、早急に取り組む必要が
ある課題と位置づけると、このデンマークのアプローチは非常に参考になると思われる。北欧のやり方か
ら学べるのは、やりたい未来を描き、意志を持って実行し、政治的判断や法律で支援することではない
だろうか。さらに、女性は、もっとしなやかにかつ強くなり、既存の論理(男性の論理で創られてきたもの)
にそぐわないからといってあきらめず、自分なりのロジックをたて、自分の意見を主張し、今のルールを
新しいルールに描き換えることが主導していくことが重要に思える。
1 デンマーク外務省ホームページ http://www.investindk.com/Clusters/ICT
2 http://reports.weforum.org/global-information-technology-report-2013/
3 竹村 真紀子, 即断即決!デンマークの超「結果主義」東洋経済 Online
http://toyokeizai.net/articles/-/15670 2014/01/29
4 リンダ・グラットン,ワークシフト–孤独と貧困から自由になる働き方の未来図,プレジデント社,2012.
5 OECD, Beyond The Hype, 2001.
6 DAMWAD, Women Entrepreneurship – A Nordic Perspective, Norden, 2007.
7 OECD, 2009.
8 シェリル・サンドバーク,リーンイン,日本経済新聞出版社,2013.
9 安岡美佳,逆差別,女性が創る新ビジネス・市場,ジェトロセンサー,2014 年 1 月
10 Offentlig it-kvinde i top på mandeliste, Computerworld,
http://www.computerworld.dk/art/52119/offentlig-it-kvinde-i-top-paa-mandeliste 2014/01/29
11 [4]
12 It-koncernen KMD henter ny kvindelig topchef hos, Fyens DK,
TDChttp://www.fyens.dk/article/2442389:Digitalt--It-koncernen-KMD-henter-ny-kvindelig-topchef
-hos-TDC, 2014. 1. 21.
13 ITU, Measuring The Information Society, International Communication Union, 2013,
http://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/publications/mis2013.aspx
14 DAMWAD, Women Entrepreneurship – A Nordic Perspective, Norden, 2007.
15 OECD, Beyond The Hype, 2001.
16 C. P. Snow,The Two Cultures, Cambridge University Press, Cambridge, 1993.
17 G. Fischer, Symmetry of ignorance, Socially creativity and meta-design, Knowledge-Based Systems
Journal, 13(7-8), pp.427-537.
18 リチャード・E・ニスベット,木を見る西洋人 森を見る東洋人,ダイヤモンド社,2004.
19 K. Sawyer, Group Genius, Basic Books, 2007.
20 S. Page, The Difference: How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and
Societies, Princeton University Press, 2007.
21 アラン・ビーズ&バーバラ・ビーズ,話を聞かない男、地図が読めない女、主婦の友社,2002.
22 霊長類学者の考察する「性的役割分担論」http://togetter.com/li/622341
23 ホリエモン「泣く子どもに睡眠薬」には「可哀想な母親アピールで OK?」2014.1.7,
http://lite.blogos.com/article/77374/
24 境 治, 「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」, ハフィントンポスト,2014.1.23,
http://www.huffingtonpost.jp/osamu-sakai/baby-japan_b_4648685.html
25 境 治, 「赤ちゃんにきびしい国」のつづきとか補足とか」,ハフィントンポスト,2014.1.27.
http://www.huffingtonpost.jp/osamu-sakai/12_2_b_4671548.html
26 竹村 真紀子, 即断即決!デンマークの超「結果主義」東洋経済 Online
http://toyokeizai.net/articles/-/15670 2014/01/29